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艶やかなあんずの育て方 前編

大学から一番近くのファーストフード店。
一人で外食なんてできなかった私が足しげく通くようになってもうどのくらいになるだろうか。


「いらっしゃいませ〜」


店員さんのさわやかな声が響くたびにチラリと出入り口を確認しては、違ったとまたすぐ視線をスマホへと戻すを繰り返すのも日課と化している。

今日は来ないのかな。
お目当ての人が現れず待ち続けてみたが、すでに2時間近くここに滞在しているため、そろそろお尻が痛くなってきていた。
別にその人とは待ち合わせをしているわけでもなければ、知り合いでもない。
ただ一度だけ会話したことがある、向かいのビルでお勤めのサラリーマンさん。
薄いピンク色の短髪が妙に似合う彼は、ココには週に一度現れるかどうか。仕事の都合なのか時間もバラバラで、そんな些細な可能性にすがってでも会いたいと思うほど、私は彼に恋していた。

初めはただ、かっこいいな〜って思っていただけ。
スーツを着こなし如何にも社会人って姿で、華やかな雰囲気に心惹かれた程度。いたらラッキーってくらいにしか思っていなかった。
大学から近いというだけでよく友人と訪れいたが、これまでに出会えたのは数えられるほど。
その中で、ただ一度だけ。
友人を待つ間の暇つぶしで人間観察していた際にあまりにも横柄な客がいたから、ついその様子を簡単な漫画に描いた時だった。


「ブハッ!!」


真横からいきなり聞こえた吹き出すような笑い声にビクッと肩を跳ね上げながら見上げれば、最近イイなと想っていたピンク髪の彼の姿が。
彼の視線は明らかに私の描いた絵を見ていて、かすかに「似てる」なんて言って口元を押さえて笑っていた。


「‥あ、あまりにも目についたものでつい…」
「いやいや、すげぇわかるそれ!マジで最高」


イラストの中の横柄なおじさんを指さしながらいまだに笑っている彼はいつもよりも幼くて、まるで少年のようなその笑顔にドクンと胸が高鳴りを知らせる。


「俺もあれにはイラっとしたけどそれ見たら少し和んだわ、ありがと」


お礼にあげるわとポケットから取り出された飴玉をイラストの横に置いてから、彼はバイバイっと手を振って店を出ていった。
残された可愛らしいキャラメル味のキャンディも大人な男性の彼からかけ離れていて、自然と頬が緩んだのを今でも覚えている。

たったそれだけと言われれば反論もできないし、一目惚れと言われればそうなのかもしれない。
ただ大人に憧れる時期があるだけでしょなんて言う子もいるし、スーツマジックに騙されているだけだという子もいる。
それでも、私は今の気持ちに偽りもないし、大事にしたいと思ったから。今まで一人ご飯なんてできなかったくせに、彼会いたさに平日の昼はほぼ毎日のようにココに通ってしまう事くらい、許されると思うんだ。

でもさすがに今日はもうないかな。
すでに時計の針は会社勤めの方のお昼時をとうに過ぎている。
それに、最近通い過ぎてるうえに毎回長居しているせいか店員からの視線が妙に痛いんだよね。


「ご馳走様でした」


誰に言うでもなく手を合わせてから席を立つ。
明日こそ会えるかな、なんて毎度の期待を胸に秘めて店を出れば目の前には彼の勤める会社があるビルが。
どこの会社なんだろうと毎回窓にいる人影が彼じゃないかチェックしてしまうのも癖になっていた。


「おいおい、そのデザインなんとかならんかったのか?もっとこう・・チャーミングにさ〜」


対面の歩道から上階を見つめていた私に響いてきた、どこか聞き覚えのある耳障りな声に視線を下げると、以前の横柄な態度のおじさんがビルの入り口で看板を取り付けている若手社員らしき人に嫌味を言っているところだった。
きっと先輩からの指示でやっていただけだろう若手社員は、理不尽な「言われんでもやれよ。これだから若い者は」なんて嫌味にもしっかりと頭を下げて謝罪をしていた。
まだ大学生の私は仕事のことはよくわからないけど、どう見ても企業向けの看板にチャーミングさなんているのだろうかと首をかしげてしまう。先日の態度もあり、やっぱり好きになれないなと思うそのおじさんはそのままビルの中へと入っていった。


「・・・あんな人と同じ会社だったら嫌だなぁ・・」
「それが上司ときたらほんと最悪だよ?」
「うわぁ、それは最悪で、す・・・ね・・?うぁ!?」


完全なる独り言だったはず。それを会話に代えたその人は、驚く私の顔を見てにこやかに「また会ったね」なんてサラリと言ってくれるけど、私としては意外過ぎる展開に対応しきれず、マヌケながらも口を開けたまま固まってしまった。
だって、だって・・・会いたいと思っていた彼からいきなり話し掛けられるなんて思ってもみなかったから。
次に会ったら挨拶ぐらいしようとか意気込んでいたのに、挨拶どころじゃないこの状況はどうしたらよいのだろうか。


「あ、あれ?もしかして覚えてない?」


あまりに反応を示さないからか、彼がピンク髪をポリポリとかきながら少し不安気に私から離れる。


「い、いえ!!覚えてます!」
「あ〜よかった。かなり怪しい人認定されてるのかと思ったわ」


驚かせてごめんねと謝る彼は、謝罪にしては少し楽しそうな表情をしているからきっと私が驚くと分かってての確信犯だったのだろう。
スーツを着た大人な男性のはずのなのに、やる事は周りの学生とあまり変わらないんだなと思うと妙に親近感がわいてくるから不思議だ。
おかげでマヌケな顔からも脱出できたし、ドキドキはするもののきちんと彼の顔を見る事が出来る。


「あんなんが上司だからさ、日々色々思う事があるわけよ。そんな時にキミのあの漫画を思い出すとほんと和むから助かってんだよね」


そう言いながらも思い出したのか、フハッと小さく笑い声を発する彼はあの漫画を相当気に入ってくれたようだ。
暇つぶしの落書き程度のものを覚えていてくれて、なおかつ助かるなんて言ってもらえるとは思っていなかったけど。


「いや、ホント良いセンスしてるよ。『頭の様にうっすい人間性だな〜お腹じゃなく器をでかくしろよ』ってツッコミ、よく心で使わせてもらってるから」
「あはは、、、お恥ずかしい。漫画には書けるけど本人には言えないので卑怯だとは思いますけどね」
「それを言ったら俺も口には出せないから一緒でしょ」


共犯だなっと人差し指を唇に添えてウインク一つ。なんの不自然もなくそれが出来てしまう彼に、また一つ胸が高鳴りを覚えた。
彼を知れば知るほど、話せば話すほど心が惹かれていくのが自覚できる。
こんな少しの雑談ですらそう感じてしまうのは、彼の話術が長けているからだろうか。それとも好きな人との会話だからなのだろうか。


「・・・・・あの!好きです!」


偶然による一時。
これも長くは続かない逢瀬。
この会話が終わってしまえば、次はいつ会えるのかわからない。会ったとして話しができるという保証もない。
そう思ったら口が勝手に動いていた。
脈絡も雰囲気も微塵もない、唐突な告白。
言ってしまってから自分でもなんで言ったんだと頭を抱えたくなったが、口から出た言葉を無かったことにはできなくて、告白した勢いのまま彼を見つめ続ける。


「えぇっと、冗談・・にはみえないんだけど」
「っ、本気です!前からずっとカッコいいなと思ってみていたんですけど、前にお会いした時に完全に恋に落ちました!」


彼からしたら会って2回目で、しかもちゃんと会話したのなんて今日が初めての、ただの見た事のある学生でしかない。
それなのになぜって思うのが普通だろう。お互い名前も知らないような間柄なのだから。
でも、この想いを冗談として流してほしくない。


「あの!本当に好きなんです!いつも会えたらいいなと思ってここにきてました!」


どうにか本気だと伝わってほしくて、自分でも整理しきれていない恋心を必死に彼へと伝える。
そんな私の必死さは彼にどう映ったのだろうか。口元を手で覆い隠し「マジか・・」と言いながら空を仰ぎ見たあと、ゆっくりと下げた顔は困ったような表情を浮かべていた。


「あ〜その、ごめん。俺、キミのことよく知らないんだわ」


彼からのごめんがずっしりと重くのしかかる。
受け入れられるなんて思っていなかったけど、もしかしたらなんて漫画の様な展開を期待していなかったわけでもない。
こんな時は何と言えばいいのだろう。何か言わなくちゃと思うのに言葉が喉に詰まって音を出す事ができず、彼から視線をそらした。
私のひとめぼれの様な恋心は、育てる前に自分で枯らしてしまったようだ。
これ以上迷惑を掛けてはいけないと、熱くなる目頭を必死に抑えて彼にサヨナラを言うために再び顔を上げようとした時だった。


「よく知らないからさ、取りあえずデートするところから始めませんか?」


良い提案だと思うんだけど。と、さっきみたいな困ったような表情じゃなく優しい顔で覗き込まれる。
嫌がるのでもなく、軽くあしらうのでもない。まさかの未来の可能性を秘めた提案に、私が喜ばないわけがない。


「始めます!!あっ、あの!宜しくお願いしますっ!」
「ブハッ、良い返事」


素直でよろしいと笑いながら私の頭に置かれた手は、もしかしたら子ども扱いされているのかもしれないけど、今の私には嬉しいでしかなかった。


「とりあえず、名前からだな。花巻貴大です。そこのビルで働いてまーす」
「高宮葵です。すぐそこの大学に通ってます!」


合コンのような何とも言えない不思議なやり取りに、連絡先を交換しながらも互いに自然と笑みがこぼれた。

花巻貴大さん

やっとしれた名前を心の中で繰り返しながら、彼の連絡先が記されたスマホをギュっと抱きしめる。


「それじゃ、俺はまだ仕事中だから。後で連絡するネ、高宮ちゃん」
「は、はい!待ってます!!」


笑いながら、気を付けて帰れよ。と軽く手を上げ去っていく彼をいつまでも見送り続ける。


高宮ちゃんと呼んでくれた彼の声がいつまでも脳内で再生される。
いま別れたばかりなのに、早く会いたくて仕方がない。

早く、連絡が来ます様に
またすぐ会えます様に

願わくば、私を好きになってくれます様に

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とてもとても良くしてくださってるふぉろわーさんへの誕生日に書かせていただきました。
そしてその方、花巻がすきで、なおかつ彼と誕生日が近いという事で続きものです!別に手を抜いたわけじゃないですよ??この続きにもふぉろわーさんとマッキーへの愛をこめて(笑)
write by 朋
HappyBirthday Hamayu!



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