あの子との約束の時間まであと五分。
迎えに上がる方としては、時間より前に行くのは急かす様でタブー。近くのコンビニで時間を潰し、二、三分遅れで到着するのが俺的ベスト。
最近よく来るようになったこのコンビニにはイートインスペースがあるから、コーヒー一杯でゆっくりできるのがありがたい。
チラリと時計を確認し、そろそろかなと持ち上げる腰はスムーズで足取りも軽い。
この後の予定を考えて鼻歌でも歌いたい気分を抑えながら車のエンジンをかけた。スピーカーから流れるのは前に彼女が好きだと言っていた最近の流行りの曲。普段周りに居ない年代の子だからか、彼女と居ると知らない情報、新しい知識が増えていくので助かっていたりする。
『高宮ちゃん着いたよ〜』
彼女の家のすぐ近くに停車し、到着を知らせるメッセージを送信すると直ぐに既読になるのはいつもの事。そして数分もしないうちに家を出て来て俺の所まで駆けてくるのだから、子犬に懐かれたようでくすぐったい気分になる。
「お待たせしました!!」
キラッキラの笑顔で挨拶する彼女につい笑ってしまいそうになるのを耐えながら助手席へと誘導する。何度も乗っているはずなのに毎度緊張しながら座る彼女を見るのも俺的にはツボだ。
「さて、じゃあ行きますか。今日は前に言ってた店でいいんだよね?」
「はい!!!ずっと行きたかったところなので嬉しいです!!」
素直な返答につい年上気取りで「任せなさい」なんて返しても、嫌な顔一つしない高宮ちゃんみたいな真っ直ぐな子はそうそういないだろう。
始終上機嫌な彼女につられて俺もいつも以上に心が弾む。
車内の曲が変わっている事にも気付いてくれて、相当好きなのか歌い出した彼女の歌声にのせて車を走らせるドライブは快適そのものだ。
まさか会って二回目で盛大な告白をしてくれた高宮ちゃんと、こんなに楽しい時間が過ごせるなんて思ってもみなかったな。
初めはただ、一生懸命だし悪い子ではないかなって思った程度だった。
まだ学生さんで、落書きの様にサラサラと描いたあの漫画は素直に面白いと思ったけど、その印象しかなかった。まぁ、ほとんど話した事ないのだから仕方がないのだけど。
再び彼女を見た時に話し掛けたのも、ただの気まぐれのようなもの。
苦手な上司と二人で外回りをしたせいで滅入った気分を変えたかったのかもしれないけど、別に深い意味はなかった。
だから「まずはデートから始めませんか」とは言ったけど、年上の男への憧れ程度の恋心だと思っていたからすぐに「思っていたのとは違った」と離れていくだろうと踏んでいた。
俺としては彼女とも別れた所だし、若い子とデートできる機会なんてそうないからたまにはいいか、なんて軽い気持ちで始めたこの関係。
しかし始めてしまえば思いのほか居心地がよく、彼女と会う日を待ちわびている自分がいた。
チラリと楽し気に歌い続けている彼女を横目で盗み見る。
いつも可愛らしい装いと、しっかりセットされた髪型。これが俺の為なんだと自惚れてしまい緩む口元を隠すことはしない。
「高宮ちゃんはいつも楽しそうだよな〜」
「はい!花巻さんとのお出かけはいつも楽しいですから!」
眩しいほどの笑顔で言われる殺し文句にこちらが恥ずかしさを覚えてしまう。
若いからこその真っ直ぐさもあるだろうが、高宮ちゃんの性格がなせるものなのだろう。今どきの子にしては珍しい。
自分の動揺を悟られないように「それはなにより」なんて余裕ぶって返すのはもう何度目だろうか。純粋な高宮ちゃんは俺の様子に気づくことなんてないだろうけどさ。
目的地の山の中にある隠れ家の様なカフェ。
カフェご飯なんて量が少ないわりに高いだけだと邪見にしていたのに、高宮ちゃんが喜ぶのならまた来たいと思ってしまうなんて、仲間内の奴らが知ったらなんて言うだろうか。
これが兄心、だけじゃないことは自分でも気が付いている。
会うたび日に日に育っていくこの想いをきちんとした言葉に表した方がいい事もしっている。
だから高宮ちゃんがもう一度好きって単語を言ってくれた時に「俺も」って言おうとか思っていたが、その考えはやっぱダメだよな。
「高宮ちゃん、今日少し帰り遅くなってもいい?」
「え?はい、大丈夫ですよ!いっぱい花巻さんと居られるの嬉しいですし」
「そいつはよかったデス」
なんでこの子はこんなにもさらりと恥ずかしい事が言えるのかね。
ランチしか決めていなかったから、この後何処に行くのだろうとワクワクしている高宮ちゃんの横で、必死に激しくなる脈を整える。
せっかく大人だからできるデートってやつを心掛けているのに俺がテンパってるとかダサすぎるだろ。
高宮ちゃんの周りには若いやつも、毎日会える気の合う奴らも沢山いることだろう。だからあえて違う路線で勝負してる自分もどうかとは思うけど、やっぱカッコはつけたいじゃん。
車でしか行けないようなところや、有名なシェフが営むイタリアンなど。どこに連れて行っても高宮ちゃんは喜んでくれるってわかってはいるけど、その笑顔を作るのは俺でありたいと思ってしまうあたり重症かもしれない。
いつもなら夕飯後はすぐに帰る道のりを、家とは反対方向へと走らせる。
最近、会社の一部で話題になった穴場の夜景スポット。まだまだ世間には広まっていないから観光スポットほど人が居なくていいと聞いていただけあり、展望台があるのにかなり空いていて告白するにはうってつけの場所だ。
車を停めるなりはしゃぎながら手すりまで駆けていく高宮ちゃんの後ろを、深く息を吐きながらゆっくりと追い掛ける。
「すごい!!花巻さん見て下さい!!キレイです!!」
手すりから身を乗り出す勢いで感激している高宮ちゃんに、キミのほうが綺麗だなんてクサい台詞は言えず、かわりにそっと後ろから覆いかぶさるようにして彼女を包み込む。
今まで手にも触れた事がないのに急にこんな事をする俺に、顔を見なくても高宮ちゃんが慌てているのが分かる。
「あぁぁ、あのっ、花巻さん何を‥」
「ん〜?俺がしたかったから。ダメだった?」
「いや、ぁああの、ダメといいますか・・こういうことは恋人同士でやることであって、その、、、」
段々と弱々しくなっていく声ではっきりとは聞こえなかったが、最後に「好きでもないのにこんなこと」って言ったように聞こえて、締め付けられる胸に合わせる様に抱きしめる腕に力を込めた。
いつも無邪気そうな笑顔を見せてくれていた奥には、やっぱり不安があったんだと今更に気付くなんて・・・。イイ大人がカッコ悪い。
「それってさ、俺と高宮ちゃんが恋人だったらいいってことだよね?」
彼女の耳元に投げ掛けた後、抱きしめていた力を緩めくるりと彼女を反転させる。
急に対面になったことと、俺が言った台詞の意味を考えているからだろうか。赤い顔のまま口を開け、パチパチと瞬きを繰り返す高宮ちゃんの両手をそっと握る。
高宮ちゃんからは好きだという言葉も態度も貰っているというのに緊張するのは、大人になってから真剣な告白というものをしていないからだろうか。
でも、高宮ちゃんとは流れとかノリとかじゃなく、きちんと言葉にしてから始めたくてはいけない気がしたから。
「高宮ちゃん、俺の彼女になってくれませんか?」
先程までの驚きの表情が崩れ、徐々に彼女の瞳に涙がたまっていくから答えは聞かなくても感じ取れたけど、やっぱり何か示してほしいと思う欲が溢れ出る。
繋いでいた手をほどき、両手を広げて彼女を見つめれば、溜まっていた涙を零しながら飛び込んできてくれた。
恋人同士だから許されるハグは先程までよりも温かく感じるから不思議だ。腕の中に納まる高宮ちゃんの温もりが、更なる愛おしさを湧き立てる。
「あ、あの・・花巻さん」
「ん?なーに?」
潤んだ瞳で胸元から見つめられてしまい、男としての欲が顔を出しそうになるのを抑えながら彼女を見つめ返す。
「あの、花巻さんは・・私が、その、好きってこと・・で、いいんですよね・・?」
言いにくい事だったのだろう。顔を赤らめて恥じらう姿に一瞬取り乱しそうになりながらも、改めて言葉の大切さを痛感させられる。
「あーうん・・・高宮ちゃんが好き、です」
「私も花巻さんが大好きです!」
頑張ってしか言えなかった俺とは違い、どストレートに大好きと言った高宮ちゃんが本当に嬉しそうにほほ笑むから。
先程まで抑えていた俺の理性なんて、なんの役にも立たなくて。
その幸せそうに笑う愛おしい唇に己の唇を重ね合わせた。
花巻の誕生日めがけて書こうと思ったのに全然間に合いませんでした(笑)
やっぱり花巻楽しい!!書きたい欲を駆り立ててくれる子です!!これが自分の文じゃなかったら最高なのに・・
歳の差、純粋ヒロインちゃんもたまにはいいですね!私的には!
write by 朋