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15 クロタネソウと共に揺れて

だからバレー部から…西谷夕から離れたはずなのに。

ちらりとスマホを確認すれば、まだ休日に起きるには早い時間を示していた。
せっかくのお休みなのに頭が働かないのはしっかりと寝れなかったせいか。


 『絶対だぞ!!』


昨夜の西谷夕の声がずっと耳に残っている。
どんなにはぐらかしても避けても諦めないとか、本当にしつこい。

西谷夕がどんな思いで私にココまでしつこくかまってくるのかは知らないけど、私は皆と関わっていていいような人じゃないのに…。寝ころんだまま見つめる兄の写真は朝の光に反射して見えなくて、思わず目を細める。


「ごめんなさい・・・」


わかっているはずなのに
心に決めたはずなのに

彼のあの力強い言葉と笑顔に揺らいでしまいそうだ。




合宿最後の日


「東京、お前も来いよ」


別れ際に黒尾さん言われたセリフ。

正式なマネージャーでもない私は、もしみんなが全国へ進んだとしても一緒に東京へ行くことはない。それをわかっていながら言われたセリフは真剣そのもので、私は「行けたらね」とワザとふざけてみせたけど黒尾さんの顔は変わらなかった。

いけたらね。それは烏野の皆が全国へ行ったらの話じゃない。
私が 東京 という場所へ再び足を踏み入れる事が出来るかどうかなのだ。

そんなことは黒尾さんに伝わるわけもないけれど、黒尾さんはもう一度「来いよ」とだけ言ってバスへ乗り込んだ。それに続く様に他のメンバーからも「またね」とか「次もマネージャー頼むな」とか次がある言葉をもらってしまい、私は必死に笑顔を繕って手を振るしかできなかった。

また・・なんて無理だよ。
このままバレー部の人たちと仲良くしていたら、絶対に全国へ行ったときに応援に行きたい気持ちと行けない気持ちで苦しくなる。でも、行けない理由を話せる勇気なんてないから。

だから距離をとったずなのに

どうして西谷夕の顔が、みんなの顔が頭から離れないんだろう


見つめる先の写真はやっぱり反射していて見えなくて。ただの偶然なのに兄が目を瞑ってくれているように解釈してしまうのはそれだけみんなへの思いが強いからだろうか。


「見るだけで最後にするから。


自分で決めたことも守れずに言い訳を口にするなんて見苦しくて情けないけど。それでも行きたいと思ってしまったから。

罪悪感やら期待やら、いろいろな感情が入り混じるなか仙台体育館へと向かう。沢山の選手や応援の人でにぎわう体育館はすごい熱気で、足を踏み入れるのを一瞬ためらってしまうほどだ。


見るだけ・・見るだけだから

心の中で何度も繰り返すように呟くのは、そうしなければ気持ちが抑えきれずみんなの元へ行きたくなってしまうから。本当に弱いと自分でも思う。

こっそり観客席の端の方からコートを見れば、丁度烏野の試合が始まろうとしている所だった。
みんなもう試合に集中しているから気付かれることはないだろうけど、人に紛れるようにして観客席の中ほどに座る。
一人だけ違うユニフォームを着る西谷夕がすぐに目に入ってしまい、トクンと音を立てる心臓を慌てて深呼吸で落ち着かせた。

会場ではほとんどの人が隣のコートの伊達工を偵察しているようで、烏野が試合しているコートの周りはそれほど人が集まっていない。それでも近くで違う学校の人達が烏野の試合を見ながら色々言っているのが聞こえて、なぜだか身を固くしてしまう自分がいた。

自分もみんなの一員とでも思っているのだろうか。
なんて図々しいんだろう。

それぞれの高校の応援が飛び交い、選手の熱気が渦巻くこの空間をもう一度味わうことができているだけ有難いことなのに。この懐かしくも苦しくもあるこの熱に戸惑いながらも、意識を再びコートへとむけた。

みんなよく動けているし、声も出ていてやる気が十分なのが観客席まで伝わってくる。
なにやら試合早々は叫びすぎて注意されたり、なんとなくいつも通りではないようだったけど、なんだかんだ危なげなく勝利を収める姿にほっと胸をなでおろした。

でもまだ一勝。
そのまま安心していたいところだが、近くで勝ち上がってくるのは烏野か伊達工かなんて声が聞こえ、慌てて隣のコートを確認すれば得点表が伊達工の勝利を示していた。

伊達工業。確か、三か月前に敗退した高校だとキーちゃんが言っていたところだ。東峰先輩と西谷夕が揉めた原因。まだみんなの中にあの時の記憶があってもおかしくないくらい新しい傷だ。

心臓がドクンっと煩く主張してくる。お前はみんなに何もしなくていいのかと。
人を助ける仕事をしたいとか言っておきながら逃げるだけ逃げて、隠れて。それでいいのかと体が熱く訴えてくる。

でも、私に何ができるのか。
心理学を勉強しているとはいえ、所詮独学。

マタ、余計ナ一言ヲ言ッテシマウノデハ・・・・



「葵・・?来てたんだ」
「っっ!?!キ、キーちゃん!!」


いつまでも動けずにいるところに声を掛けられ、大げさなほど驚いて振り返ればキーちゃんが不思議そうに小首をかしげる。
どうかしたのかと心配そうなキーちゃんに、試合を見た興奮が治まらないだけと苦しい言い訳をして誤魔化した。誤魔化しきれているかはわからないけど・・。


「キーちゃんはどうしたの??一人でこんなところ居たら危ないよ!!変な男がいたらどうするの!!」
「私は他校のデータをとりに。もうすぐ先生もくるから大丈夫」
「さすがキーちゃん!!じゃあ私もお手伝いするよ!」


これなら西谷夕に関わらずに何かできる。そう思ってしまった時点でまた逃げているだけなんだけど。それでも何もできないよりましだ。
そう思ったのに、キーちゃんはそれをさせてくれなかった。


「せっかく応援に来てくれたんだから葵は皆に会ってきて」


これはキーちゃんなりの優しさだし、普通そう言うよね。
それを残念がってもいけないし、会いに行くことを躊躇ってるなんてキーちゃんに知られたくない。その理由を聞かれるわけにもいかないから。


「キーちゃんのそばに居たかったけど残念だな〜」
「うん、大丈夫。それより・・・みんな、ちょっとピリピリしてるから和ませてきて」


自分ではうまく励ます事が出来ないからと困った顔をするキーちゃんにそんなことを言われたら、もう逃げるなんて選択肢は残されてないじゃん。そばに居たかったってところをサラリと拒否られたのは聞かなかったことにしよう。

バクバクと心臓の音が耳まで響いてきているのを必死に隠し、いつも通りのふざけた笑顔を向ける。


「じゃあゆるキャラ葵!行ってまいりまーす!」


そういって駆けだせばやるしかない。

本当は怖い。
私が何か言ってモチベーションがあげられるのかとか、和ませれるのかとか。そんな心配ばかりが湧いて出てくる。けど、もう、何も知らなかった昔とは違う。

あんな無知で残酷なことは

言うはずがないんだ


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