すっかり桜も散った四月下旬。
新しく入った一年生にも少しずつ慣れ、これからの有り方の兆しが見えるころ。
そんなころ
彼女は一気に未来が見えなくなったことだろう。
「もーいーよ。別れようぜ」
そんなセリフを立ち聞きしてしまうなんてよくないとは思ったが、言われた彼女の姿を見つけ足が動かなくなった。今にも泣きだしそうに唇をかみしめている彼女、高宮葵。
彼女は俺の片思い中の相手だったから
俺がこの場に出くわしたのは本当に偶然だった。黒尾とGWの部活の予定表を見ながら話しているところに、最近手を焼いている新一年生のリエーフが黒尾にジャレついてはしゃいだりしたもんだから、ぶつかった拍子にプリントが飛ばされ窓から裏庭へ飛んでしまったのだ。
ひとまずリエーフに蹴りを入れ、2人に先に行っててくれと告げてしぶしぶプリントを取りに裏庭に下りた。裏庭は中庭と違い、幅も狭く薄暗いので普段は誰も近づかない。だがこちらの方が近いので裏庭を横切って部室まで行こうと校舎の角を曲がったところで先程のセリフだ。
とっさに曲がりかけた体を翻し壁に隠れたが、一瞬見えた女性の姿は高宮だった。泣かないようにと唇をかみしめている彼女と、男性の後ろ姿。
男の後ろ姿も見覚えがある。高宮があいつといる所を何度も見かけたから。
告白は高宮からだと噂で聞いた。
たしか付き合いだしたのはクリスマス前だったか。
順調に付き合っているんだと思っていた。
高宮が幸せならって、俺の想いは諦めようと思っていたのに。
「・・・あの子の事が好きになったの?」
「あ?別に・・・・まあ可愛かったけどな」
ちょっと声かけただけで着いて来たんだぜっと悪びれた様子もなく話す男。
これだけの会話で男の浮気だとすぐにわかるのに、この男の態度はなんだ。
「…私の事嫌いになったの?」
「嫌いになったわけじゃねぇけど…」
聞こえてくる会話が俺を苛立たせる。
「だってお前、ヤらせてくれねーし」
あいつは相性も良かったしなという声に寒気がする。
ありえない。怒りで手が震えているのがわかる。
「お前がそんなお堅いとは思わなかったんだよ。俺には無理。お前重いわ」
なんとも身勝手な言い分。
そのセリフで俺の我慢が限界へと達し、手に持っていたバレーシューズを袋ごと男の後頭部へと投げつけた。
「ぃっっってー!なんだよ!?」
背後からの衝撃と、突然の第三者の登場に思い切りイラだった表情で振り返る男。男の後ろで心底驚いた顔をしている高宮が見えるけれど、さっきの泣きそうな顔よりよっぽどいい。
「あー悪い。あまりにも人格疑うセリフが聞こえたから人じゃないのかと思って」
「あぁん??テメェには関係ねーだろ」
今にも掴みかかってきそうな男の横をするりと抜け、飛んでいったシューズを拾う。
「そーだな。でも女子が泣きそうなのに無視できないだろ」
「けっ、紳士ぶりやがって」
うぜーんだよと見下してくるが俺は端からこいつを相手にするつもりなどない。
「そうそう、さっき誰か探してるっぽい女子がウロウロしてたなー」
実際そんな子は見ていないがこの際、本当かどうかなんてどうでもいい。
こいつを高宮から遠ざけれれば。そう思った時に思いついたのは普段身近にいる奴の言いそうなセリフ。
「だから何だよ」
「女子って噂話好きだよな〜。ヤりたいだけの男とかすぐ噂になんだろうな〜彼女作りにくいよな〜」
遠回しの嫌味と脅しだが確実に伝わるだろう。こんな事言いそうな奴が近くにいてくれてよかったと思ったのは今日くらいだな。
こいつに泣かされる奴が二度と出ないように本当に噂が広まればいいのにと思うが。
「・・・ッチ。クソが。もうそいつとは別れたし関係ねーからな」
盛大にバツの悪い顔をして立ち去る男を、ただただ無表情で見つめている高宮。
高宮の拳が固く握りしめられているのが目に入り、声を掛けるのをためらってしまった。
あんな男でも高宮はまだ好きなのだろうか・・。だったらちゃんと話をすることなく立ち去るようなことした俺は邪魔だったのでは?
完全に男の姿が見えなくなってからもずっと一点を見つめていた高宮が、ようやく深いため息と共にぺたりとその場に座り込んだ。
「・・・悪い。お節介だったかも」
一つの可能で不安になっている俺に、高宮はゆっくりと首を振ってから小さな声でありがとうと言った。
「・・・はは。変なとこ見られちゃったね」
そう言って無理に作る笑顔が余計に苦しくて。ワザとらしく重いって初めて言われたわ〜と軽口をたたく姿が見ていられない。
俺が居るからか決して涙を流さない高宮。俺が立ち去ったら一人で泣くのだろうか
そう思うとなんだか落ち着かなくて、鞄からタオルを引っ張り出して高宮へと手渡す。
「俺んちさ、柔軟剤変えたみたいですげーふわふわなんだよソレ」
突然の脈絡のない俺の言葉に首をかしげながらも手の中のタオルの感触を確かめてくれる高宮。
「ホントだ・・・ふわふわ」
「だろー?匂いもいいから嗅いでみて」
俺の言葉でそっと顔を近づけて匂いを嗅いで少し微笑んだのがわかる。
「すごくいい匂い」
「な。涙出るくらいいい匂いだろ?」
どんな匂いだよってツッコみたくなるセリフだがこんなやり方しか思いつかなくて。それでも俺の意図は伝わったみたいで、もう一度タオルに顔を埋めながらうんって頷いて動かなくなった。あぁ、このまま抱きしめられたら。
目の前で座り込んで泣く彼女を抱きしめる権利は今の俺にはなくて。それでも 一人じゃない ってわかってもらいたくて高宮の背中に触れる様にそっと俺も背を向けて座った。
一瞬ピクリと高宮の背中が動いたが、何も言わずにそのままで居させてくれたのが嬉しかった。
必死に声を殺して泣く高宮の背中が小刻みに震えている。
俺だったらこんな風に泣かせたりしないのに。
しばらくして背中の震えが止まり、触れていた背中が離れていくのが少しだけ名残惜しいと思ってしまった。
「よく泣けるタオルだね・・・ありがとう」
「おう。いつでも貸すぜ」
ふふっと笑ってから洗って返すねと振り返った高宮の目がやっぱり赤くて。
「俺は・・・いいと思うぞ」
ただこれ以上泣いてほしくなくて
「しっかりお互いわかり合っていくって付き合い方」
傷ついて、心が弱っている今
「だからあんまりそこは気にするなよ」
こんなことを言うのは卑怯だってわかってるけど
「それに」
卑怯でも何でもいい
「俺みたいに、そういう高宮が好きだってやつもいるからさ」
少しでもあいつを忘れてくれるのなら
それでお前の涙が止まるなら
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夜久君の切ないラブ初めてみました
きっと夜久君も男前w
夢主をか弱く書けないのはなんでだろうなぁ…