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ぜんぶ先輩がおしえて 01


これは何の偶然だろう。
口の中に入れられたものを噛み砕く余裕もなく、ただ唖然とする。
私の送る日常と、彼の送る日常が交差する事なんてありえないと思っていた。
ねぇ、先輩。
こんなに人を好きになったの・・・先輩が初めてです。




「葵ー!おひさー」
「あ、久しぶりだね」


飲み物を買いに行こうと自販機を目指して廊下を歩いていると、去年同じクラスだった子達に声を掛けられて足を止める。

昼休みも残り15分となった今、昼食を済ませた人が殆どで教室も廊下も騒がしい。若干喉が渇いていたけど、久しぶりだし会話もしたい。頭の中で一瞬の天秤に掛け、後者を選んだ。
隣の教室のドア横の壁に背中を預けて、友達2人に向き直る。


「ねぇねぇ、最近行ってる?」
「予定が無い日は行ってるよ」


主語が無くても通じるのは、私たちの会話の中心はいつも先輩達だから。

男子バレーボール部。青城の数ある部活の中でも実績を残していて、強豪と呼ばれる男バレ。
中でも3年の先輩達はイケメン揃いで女子の人気はすこぶる高い。私たちも例に漏れず、1年の時から度々体育館に足を運んでギャラリーに混じりその姿を見ていた。


「あぁ〜、本当及川先輩カッコいいよね」
「この前及川先輩に声掛けたら手ぇ振ってくれたよ!」


特に主将の及川先輩の人気は凄くて、周りの女の子たちからもよく名前が挙がる。
女の子にも優しいし、その人当たりの良さが人気の要因だと思う。及川先輩のカッコ良さを語り続ける友達の話をうんうん、と相槌を打ちながら聞いていた。こういう話は聞いているだけで楽しいんだよね。

そういえば、最近はあまり体育館へ見に行っていないかもしれない。バイトの定休日は月曜日で、ちょうどバレー部は活動していないし。バイトが無い日も何だかんだ用事があってここ二週間くらい足を運んでいないことに気付いた。

・・・今日バイト無いし、行こうかな。そっと目を瞑れば、脳裏に描かれるのはずっと見てきた先輩の姿。


「そういえばさ、葵この前2組の山田に告られたって本当?」
「えっ?」


急な話の転換とその内容に驚いて、脳内描写がかき消された。問いかけてきた友人の顔を見るとその目はキラキラと輝いていて、いい展開を期待しているのが分かる。
でも、残念ながらその期待に沿えるような事はない。


「そうだけど・・・断ったよ」
「マジで!?山田でもダメだったか〜。葵可愛いし、モテるのになんで彼氏作らないの?」
「そりゃあ葵は先輩一筋だからでしょ。ね?」
「う、うん・・・」


まぁ、彼女の言うとおりなんだけど・・・改めて言葉にされると照れてしまう。

先輩に片思いし始めて早1年近く。ずっとこの気持ちを抱えているが消えることは無く、むしろ大きくなるばかり。


「先輩って、及川先輩?」
「違う違う。葵は花巻先輩だよ!」


赤茶の切りそろえられた髪。
クシャッと笑った顔。
プレーする姿。
3年の花巻貴大先輩。


いつどんな時でも鮮明に思い出せるくらいに、その姿をいつも目で追っていた。


「花巻先輩が好きなんだ・・・」


へぇ〜、と興味深そうに頷く友人に口を開く。


「だって、カッコいいんだもん」
「まぁ・・・確かにカッコいいね!でも私はやっぱり及川先輩かな〜」


下級生に絶大な人気を誇る及川先輩だけど、私の中では花巻先輩が一番。
普段口数がそんなに多くない私でも、花巻先輩を語れって言われたらどれだけでも話せる自信がある。


「及川先輩は凄いけどさ、バレーをするに当たって必要な存在は花巻先輩みたいな人だと思うんだよね」


ほら、現に今だって口をついて出た言葉が止まらない。


「守備力は抜群だし、スパイカーなのにトス上げだってセッターばりに凄く綺麗なんだよ」
「う・・・うん」
「もちろん決定力だってあるしね」


そこまで言ってから、呆気に取られた表情の友人を見て我に返る。

あぁ・・・やってしまった。自分の事でもないのにペラペラと自慢げに語った一瞬前の自分を叩いてやりたい。込み上げる恥ずかしさを隠すように俯いて顔を隠した。


「うんうん。葵は本当に花巻先輩が好きだもんね」
「そっかぁ・・・私みたいにミーハーな気持ちじゃないん・・・だ、ね・・・」


変に語尾が途切れた友人を不思議に思って、さっきの所為で少し赤くなった顔をあげる。
すると、「あ・・・ちょ・・・」と声も出ないような驚きを見せていて、私と私の背後を視線が忙しなく行き来していた。

ちょっと、まさか虫が出たとかやめてよ?色々な事態を想定してゆっくりと視線の先へ振り返ると、そこには想定外の姿があった。


「・・・・・・」
「ドーモ」


教室の廊下側の窓が開いていたのは最初に把握していた。でも・・・窓枠に凭れるように廊下の方へと顔を出している人が居たのは記憶にない。

そこに居たのは話題に上がっていた中心人物。赤茶色の揃えられた髪の毛に、意地悪く笑う顔。手には何故か袋に入れられた一口サイズのシュークリームを持っていた。


「は・・・はなまき、せんぱい」


驚きの余り口からは掠れたような音しか出せずに、脳内で目まぐるしく思考が動く。

何で二年の教室に・・・?
こんなに間近で見たの初めて。
思ってた以上に身長、高いんだな。

なんて最後には逃避のように褒め称えて現実から目を逸らしていた。


「何チャン?」
「えっ?」
「なーまーえ」


私の・・・名前?だろうか。

視線は私の方に向いているからきっと私なんだろうけど・・・念のため後ろを振り返ってみるが近くに人はいない。
そこまで確認してから、ゆっくりと先輩へ向き直った。


「高宮、葵です」
「オッケー、葵ちゃんね。はい、口開けて」


いきなり名前を呼ばれて心臓が飛び上がるけど、そんなのはお構いなしに先輩はごそごそと袋の中に手を入れ、長い指で一つ摘んで取り出すと私の眼前へと持ってくる。
はい、アーン。と色気たっぷりの声で言われて戸惑うも、有無を言わせぬ感じがその笑顔から伝わってきたので少しだけ口を開けた。

好きな先輩の前で大口を開けるなんてそんな真似、とてもじゃないけど私には出来ない。
半ば強引に口の中へシュークリームを入れられた時、先輩の指が私の唇に微かに触れて肩が跳ねる。きっと偶然。そう思うのに、先輩の笑顔を見ているとそれすらも計算なんじゃないかって思ってしまった。


「嬉しいコト言ってくれたお礼。ありがとネ」


口の中のシュークリームを咀嚼する事も忘れてコクコクと首を縦に振る。

・・・やっぱり、あの会話全部聞かれてたんだ。

花巻先輩について語った事の詳細まで覚えていないけど・・・本人に聞かれる体で話してはいないからかなりの恥ずかしさだ。
それでもお礼を言ってくれたという事はとりあえずセーフなのか・・・?


「矢巾ー、これサンキュな。そろそろ戻るわ」


じゃーね。と片手をヒラリと振って去っていく先輩はやっぱり格好良くて。

周りと比べると一つ抜きん出る高い身長に、小さい顔。
バランスのとれた体つきと、少しだけ猫背なところ。
着崩した制服。
踵を引きずってちょっとダルそうに歩く姿。

その全てをムービーで脳内保存する。


先輩が見えなくなると同時に、やっとシュークリームを舌と上顎で挟んで潰すとバニラビーンズの香りとカスタードの甘さが口の中に広がった。

その甘さはまるでさっきの花巻先輩のよう。

乾きを覚えていた喉はクリームの甘さで潤う事はなく、絡みつくようなソレが先輩の存在を夢じゃないと教えてくれた。


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ずっと書きたかった花巻です!
甘く、甘く書いていきたいお話です。


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