WT | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



連絡はかかさずに

彼との出会いは幼稚園のさくら組。私の家から彼の家までは徒歩三分の距離で、会いたいと思ったらすぐに会いに行けた。
ずっと一緒で、隣にいるのが当たり前。幼馴染を恋愛対象として見れないってよく聞く話だけど、私にとって彼はずっと特別な存在だった。
好きだって意識しはじめたのはいつだったのか、明確には覚えてない。それでも、幼馴染っていう関係を壊すのが怖くて中々自分の想いを告げることが出来なかった。好きっていうたったの二文字が重くて、先に進むことも戻ることも出来ずに足踏みしたまま。そんな関係を断ち切ってくれたのは彼――孝二の方だった。


「幼馴染、終わりにせぇへん?」
「……え? どういう、こと?」
「葵のこと好きなんやけど」
「え?」
「幼馴染やなくて、おれの彼女になってくれん?」


私がずっとずっと悩んでたのがばかみたいに、さらりと言ってのけた孝二。今思えば珍しくちょっと照れていたような気もするけれど、当時の私はそんなこと気にする余裕なんてなく、唖然とするばかり。時間をかけてようやくその言葉を咀嚼して飲み込んだ時には涙が頬を伝っていた。


「なんやねん、急に……」
「嫌なん?」
「……めっちゃ嬉しい」
「はは、せやったらそういう顔してや」
「孝二のせいやんか、あほ」


嬉しさとか恥ずかしさとかがごちゃ混ぜになった感情の中で私が口にできたのはかわいくない言葉だけ。それを「はいはい」と軽やかに受け止めてくれるのはやっぱり幼馴染として一緒に過ごした時間のおかげだと思う。
この日から変わった私たちの関係。ずっと一緒にいた私たちだから、傍から見たら何も変わらないように見えたかもしれない。でも、距離感や空気。孝二の私に対する態度は明らかに変わっていた。お互いに知り尽くした性格のはずなのに、関係性が変わっただけで新たな一面が見えてきて、その度に好きが募っていく。
手を繋いだり抱き締めたりキスしたり、今更といった感じの触れ合いがなんとなく恥ずかしくてつい一歩引いてしまう私とは逆に、孝二は躊躇なくその一歩を詰めてくる。補いあうような性格がちょうどいいのか喧嘩という喧嘩もせず、幸せで楽しい日々を過ごしているうちに、ようやく恋人らしくなれたかも。と実感できた時――それは告げられた。


「……え? ボーダー?」
「そう。この間スカウトされてん」
「スカウトって……」


まだ記憶に新しい惨状。何度も何度もテレビで繰り返された場面。沢山の死者に行方不明者、崩れた街並み。情報として見聞きしただけでも心がひどく傷んだ。
遠く離れた場所で起きたことだったけれど、次はここかもしれない。そう思わせるネイバーと名付けられた存在に怯えていたところに設立されたボーダーという機関。たしかあれは――そう、三門市だ。
頭の中で所在地を確認した途端、一気に不安が渦巻いた。ちょっとそこまで、なんて気軽な距離じゃない。一番初めに出てくる移動手段は新幹線だろうといえるくらいの遠い地域。
それだけじゃない。ずっと傍にいたからだろうか。分かってしまったのだ。孝二が私にそれを告げたことによる、彼の気持ちが。


「……行くん?」
「行こうと、思ってる」


――ああ、やっぱり。もし断るのなら、こんな言い方はしないはずだから。笑いながら報告してくれて、私も「なんやそれ」って笑って返すだけ。なのに、いつも浮かべてる笑顔は消えていて、声のトーンも落ちている。そんなん、気付くに決まってるやん。


「孝二が行きたいんやったら……ええと思う」
「うん」


嘘。本当は行かんといてって泣き喚きたい。聞き分けのいい子でなんかいたくない。嫌やって引き止めて困らせたい。でも、もし孝二が迷っていたら? 私のわがままで引き止めたとして、その先二人で笑っていられるんだろうか。そう思うと、喉までせりあがってきた言葉を空気と一緒に飲み込んで無理矢理笑顔を作るしかなかった。
幼馴染って厄介だ。明確な言葉がなくたって孝二の考えてることが分かってしまう。でもそれは私だけじゃないはず。今の私の想いだってきっと孝二には伝わっているんだろう。


「……ひとつだけ聞いてもええ?」
「うん。なに?」
「私たちは? ……別れることになるん?」
「葵はどうしたい?」


疑問を疑問で返されて、口を噤んだ。それは孝二らしくない、あまりにも受動的な発言だったから。私に決めろというんだろうか。私が別れるって言えば別れて、別れたくないって言えば別れないの? 孝二はそれで納得できるの?


「なんで私に聞くん? 孝二は?」
「おれが言えた義理ちゃうやろ。ボーダーの人らの話聞いて、勝手に決めたんはおれやし」
「でも……」
「言うてもええなら言うけど」
「……まって、言わんといて」


孝二の言葉を遮って、ぎゅっと唇を噛む。孝二はきっと答えを持っているだろうけど、それを聞いてから決めるのは間違っている気がする。さっき私が孝二の言葉を聞いて思ったことと一緒だ。もし孝二が別れるって結論を出したら、手を離せるの? そう自分に問いかけてみたら、答えなんてひとつしかなかった。


「無理……別れたくない」
「ん。……ありがとう」


ふわっと笑った孝二も、同じ答えを持っていたんだろう。やっと見られたその笑顔に私も自然と笑みが浮かんだ。
こうして始まることになった遠距離恋愛。同時に、いくつかの約束を交わした。
毎日連絡して≠サう言い出したのは私だけど、かと言って連絡することを義務にはしたくないし、負担に思うのも思われるのも嫌。だから、絶対じゃなくて出来るだけってことにしたんだけど、重く考えないほうが案外ちゃんと続くものだ。

スマホのアラームで強制的に眠りから引き起こされ、眉間にぎゅっと力を込めながら手探りで止める。充電コードから抜きつつ、まだ開かない瞼をこじ開けて画面を確認すれば、孝二からの通知が一件。


「おそ……」


思わず声に出してしまったのは、私が眠りについたよりもだいぶ後の深夜ともいえる時間のものだったからだ。
ボーダーが行っていることの一つに防衛任務というものがあるらしく、三門市をぐるりと囲むように二十四時間交代制で守っているらしい。孝二から聞いただけなので詳しくは分からないけれど、未成年だとか労働基準法だとかは関係ないみたいで、ますます普通≠ゥらかけ離れている。まあ、普通じゃないからこそネイバーと戦えるんだろう。ほんま、すごいなぁ。

クリアになってきた思考と、ぱちりと開いた目。布団の中でごろんと体勢を変えてから、なんて返そうかスマホを弄びながら考える。
週の真ん中の水曜日。だらけていたはずの気持ちがピンと真っ直ぐに伸びた気がした。孝二ががんばっていると思うだけで、私もがんばろうと思えるのだから不思議だ。
おはようとお疲れさまを打ち込んで、ちょっと悩んでからもう一文だけ付け加える。今日も大好き、なんて。これを見た時の孝二の反応が見れないのが残念だけど、想像するだけで緩む口元が抑えられない。 急に何なん? しゃーないなあ。ってちょっと呆れたように呟いて、でも優しく笑ってくれたりするんかな。
今から返信が待ち遠しくて。そんな自分に笑いがもれる。今日はスマホを離せそうにないな、なんて思いながら。


back] [next


[ back to top ]