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しっと 前編

授業も終わり、騒めきに包まれる教室内。次々と教室を後にするクラスメイトの背中を見ながら、この後のことをぼんやりと考えていた。
今日は何も予定がないし、どこかに寄ってから帰ろうか。雑誌や漫画のチェックもしたいし、新作のフラペチーノも飲みたい。でも、家とは真逆の方向だから用もないのに行くのはちょっと面倒くさい。
どうしようかと頭の中で天秤を左右に揺らしていれば、ぽん、と優しく頭の上に落ちてきた手。それが誰のものか顔を見なくても分かって、自然と顔が緩んだ。


「どした? 元気ねーじゃん」
「そんな事ないよ。ちょっと考えごとしてただけ」
「ふーん」
「よーすけは今日は任務なの?」
「いんや? 任務はないけど、本部に顔出してくるわ」
「ふーん」


同じ相槌を返したはずなのに、私のそれには明らかな不満が滲み出てしまっていて、気まずさからそっと目を逸らす。
米屋と付き合って、もうすぐ一ヶ月。今日みたいな日は米屋と過ごしたいというのが本音だけれど、米屋の最優先はボーダーだというのを分かっているから口には出さない。が、口に出さずともそれ以外が全てを物語っていたらしく、伸びてきた手が両頬をむにりと押した。


「ぶっ、くく……おもしれー顔」
「やめて」
「お前さー」


突き出た唇では発音することもままならず、米屋は堪えられないとばかりに噴出して一頻り笑った後、口元の笑みはそのままに瞳をスッと細める。たったそれだけで穏やかだった空気が変わった気がして、少しの緊張感が渦巻いた。
いつも気さくな雰囲気を纏い、何を考えてるか分かるようで分からないのが米屋陽介だ。けど、たまにこうして近づき難い雰囲気を醸し出すものだから、その度に何かあるのかと身構えてしまう。
私、何かしたっけ? 何を言われるんだろうかと一呼吸の間に目まぐるしく思考が脳内を駆け回っていったが、廊下から掛けられた声でぷつりと途絶えた。


「米屋ー、ちょっといいか?」
「おー。ワリ、ちょっと行ってくるわ」
「うん」


言葉の続きが語られることはなく、あっさりと向けられた背中。どんどん遠ざかっていく姿を見ながら小さくため息が漏れた。
米屋は何を言おうとしたんだろう。何かを言われた訳じゃないのに、ネガティブな考えが頭を過ぎる。これは多分、私の気持ちの問題だ。
米屋と付き合ってからというもの、放課後を一緒に過ごした事は殆どない。任務のシフトも分からないから、休みの日も何となく誘いあぐねていて。そうすると必然的に一緒に過ごすのは学校内に限られるけど、お互い友達がいるのでべったりするわけでもない。これって付き合う前とあまり変わらないんじゃないかなって最近思うことがある。だからこそ、ネガティブな考えが生まれてしまうんだろう。
米屋の気持ちを疑うわけじゃないし、私ばかり好きだって思っているわけでもない。けどやっぱり、彼の大部分を占めているボーダーの事を何も知らないのが不安を増長させている原因なんじゃないかと思っている。可愛い女の子も多いって聞くし。


「ねぇねぇ、ちょっと聞いていい?」
「んー?」


そして、前からずっと気になっていた事がある。でも本人には聞けないし、米屋以外のボーダーの人とは気軽に話せる程親しくもない。だから聞くタイミングを掴めないままだったけれど、珍しく教室内に残っている出水くんを見つけたので、意を決して声を掛けた。


「出水くんさ、シオリって人知ってる?」
「シオリ? 誰?」
「ボーダーの人だと思うんだけど」
「ああ。宇佐美さんね」


以前米屋の口から出たシオリ、という名前。米屋が名前で呼ぶ女子は私だけだと思っていたから、他にも居たことを知ってヘコんだ事はまだ記憶に新しい。
出水くんの納得した様子を見ると、やはりボーダーの人で間違いはないみたいだ。


「その人とよーすけって、仲いいの?」
「仲いいっつーか……ははーん、さてはアレだな」
「何よ」


不思議そうな顔から一変、ニヤニヤと目まで笑う出水くん。まるで新しい玩具でも見つけたような笑顔に、椅子に座り掛けた腰が引けた。
それってさあ、ともったいぶるように前置きする声は楽しげで、揶揄う気なのが目に見える。


「嫉妬、してんだろ」


一音一音区切るように言われた言葉にスッと逸らした視線は肯定の証。出水くんに言われるまでもなく、嫉妬しているのは自覚していた。だからこそ米屋本人には聞けず、こうして出水くんに聞いてるんじゃないか。


「……だってさあ、ボーダーの事全然知らないし。疑ってるわけじゃないけど、仲良さそうだったら気になるじゃん」
「そういうもん?」
「そうだよ」
「だとしても、おれじゃなくて本人に聞けばよくね?」
「聞けないから聞いてるんです〜」


これがクラスの女の子だったらきっと違っていた。嫉妬したとしても素直に言えたかもしれないし、そもそも嫉妬するに至らないかもしれない。やはり重要なのは相手が目に見えない事だと思う。分からないからこそ色々と想像してしまってモヤモヤするんだ。それに、米屋の最優先はボーダーだから。ボーダー隊員相手に嫉妬したって知ったらいい顔しないんじゃないかな。そう考えると、やはり言い出せそうにない。
ぐるぐると頭に浮かぶ嫌な映像を吹き飛ばすように唸りながら机に突っ伏す。そんな私を見て楽しげに声を上げて笑う出水くんを軽く叩いた。全く、他人事だと思って。まあ、出水くんにとっては他人事なんだろうけど。


「そんな悩まなくても、聞けば普通に答えてくれるって」
「出水くんは教えてくれないわけね」
「ははっ。まあ、頑張れ」


不貞腐れた言い方になってしまったのは許してほしい。変わらず突っ伏したままの私を宥めるように頭の上に落ちてきた手と、抑揚のない声が後ろから掛かるのは同時だった。


「何してんの?」
「あ、よーすけ」


いつの間に戻ってきていたのか、さっきまでは持っていなかったいつものブリックパックのジュースを片手に私の横に立った米屋。ストローを噛みながら私を見下ろす瞳は教室を出ていく前のものとは少し違って、どこか不機嫌そうだ。
――なんか、怒ってる? オニキスのような双眸の奥に潜む感情を読み取ろうとジッと見つめていたが、ガガッと椅子が床に擦れる音で意識が逸れる。


「あー、おれ先行ってるわ。後でくるだろ?」
「おー」


つい今まで暇そうにしてたくせに、急にどうしたんだろう。米屋と一緒に行くから待ってたんだと思ってたけど、違ったのかな?
慌ただしく教室を出ていく出水くんに首を傾げながら、今まで出水くんが居た席へと腰を下ろした米屋に視線を向ける。


「よーすけは行かなくていいの?」
「行った方がいいならいくけど」


ああ、やはりさっき感じた事は間違いないらしい。発せられた言葉にはあからさまにちくりと棘が含まれていて、スゥッと背筋が冷えるような感覚が走る。
米屋が教室を出ていく前も思ったけど、私がなにか気に触るような事をしてしまったんだろうか。
とりあえず、いまいち機嫌の悪そうな米屋をわざと逆立てるのも良くない。居住まいを正してから、心の中にある言葉を素直に口に出した。


「居てくれたら嬉しい、です」


恥ずかしさから声は小さくなってしまったが、誰も居なくなった静かな教室では充分で。ふ、と吐息だけで笑った米屋は持っていたジュースのストローを私の唇へちょん、と押し当てた。
その行動の示すままにぱくりとストローをくわえて飲めば、カフェオレの甘さがじんわりと舌に広がっていって、体に入っていた力がすとんと抜けた。


「で、何のハナシ?」
「ん?」
「弾バカとなんか話してたろ」
「あー……、えっと」


出水くんと話していた内容と言えば一つだ。けれど、本人に聞けないからこそ出水くんに聞いたわけで、それを米屋に話すとなるとやはり躊躇してしまう。
言うべきか。言わざるべきか。選択肢はたった二つだけれど、どちらも選び難い。前者を選べば心配事の種が増えるかもしれないし、逆に杞憂に終わるかもしれない。後者を選べば、このモヤモヤがずっと胸の中に燻り続けるわけだ。


「前に、よーすけが話してるの聞いたんだけど」


逡巡したのは少しの間。聞けば普通に答えてくれると言った出水くんの言葉が頭に浮かび、意を決して口に出した。


「シオリって、誰?」


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