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しっと 後編

くるりと目を見開き、首を傾げた米屋。きょとんとした表情は珍しくて、ちょっと可愛いかも――なんて思ったのも束の間。みるみると片方の口角が持ち上がり目が細まって、さっきの出水くんと同じようなにやにやと楽し気な笑みに変わった。


「……気になる?」
「気になるから聞いてる」
「なんで?」
「だって……よーすけが他の女の子を名前で呼んでるの聞いた事なかったから」


からかわれるかな? それともくだらないって呆れられるかな? たった一言、友達だから心配しなくていいって米屋の口から聞けたら安心出来るのに。実は元カノだったとか言われたら落ち込むけど。


「あー、やべ」
「何が?」


色んな可能性を考えつつどきどきしながら米屋の返答を待っていたが、ぽつりと零されたのは答えになっていない言葉で。更には椅子から立ち上がり一歩距離を詰めて私の真横に立つものだから、今度は私が首を傾げる。どうしたの、と聞こうとしたけれど、徐に伸びてきた手が腕を掴み、グッと力強く引かれた事によって言葉が音になることはなかった。
強制的に立ち上がらされたせいでバランスを崩した体は米屋の方へ傾いていき、慌てて足に力を入れて体勢を整えようとする。けれど、私の焦りなんてお構いなしに背中と腰に回された腕に米屋の方へと導かれて、視界がシャツの白に染まった。


「よーすけ?」


何が起こったのか、理解が追い付かない。でも、シャツ越しに伝わってくる温もりや抱き締める腕の強さに心臓が反応してどくどくと強く脈打ち始める。
なあ、と耳元で静かに呟かれる声はなんだか米屋じゃないみたいで、手に触れているシャツをきゅっと握りしめた。


「もしかして、嫉妬した?」
「……した」


ぶわりと体温が上がったのはこの体勢のせいなのか、それとも醜い感情を見抜かれたせいなのか。過剰に血液が循環して体中が熱いのに、指先だけが緊張で冷たくなっていた。
無言のままお互いの体温を感じる時間が続いたが、ふと腕の拘束が緩んだ事で自然と体も離れてしまう。けれどそれを淋しいと感じる暇もなく、優しく唇が重ねられた。
いつぶりのキスだろうか。誰もいない教室とはいえ、廊下はいつ誰が通るかも分からない。それでも抵抗する気なんて全くなくて、離れては吸い寄せられるように交わすキスに夢中になっていた。


「ははっ、かっわいーなお前」
「あーもう……恥ずかしい」


米屋が思わず笑ってしまうくらい赤くなっているであろう頬に手の平をぴとりと当ててみれば、じわりと熱さが伝わってくる。嫉妬したことで呆れられるかと思っていたのに、まさか抱きしめられてキスされるとは思わなかった。想定外すぎて、まだ心臓が落ち着かない。
いや、ちょっと待って。これってもしかして誤魔化されてる? 結局シオリって子が誰なのか答えてもらってないし、やっぱり何か疚しいところがあったりするとか? もう一度あらためて聞いてみるべきだろうかとぐるぐる考えていたが、ぽん、と頭の上に置かれた手によって思考が中断してしまった。


「お前さー」


羞恥で火照っていた体が、そのたった一言で一気に冷めていく。――思い出したんだ。米屋が教室を出る前に残した同じ言葉、あの時の雰囲気を。さっきと違って今はもう遮る人もいない。
掛けられる言葉に備えるように未だ冷えたままの指先をぎゅっと握りこんだ。


「そうやって、遠慮せずに何でも言えよな?」
「……え?」
「これは嫌だとか、もっとこーして欲しいとか」
「結構言ってるつもりだけど……」
「いや、全然だろ」


頭に置かれたままだった手がぐしゃぐしゃと乱雑に撫でつける。その瞬間、すとんと肩の力が抜けた。あんなに神妙な顔をしておいて、言うのがそれなの? 重く受け止めていた自分が何だかバカみたいで、笑えてくる。


「じゃあ、よーすけも言ってよ」
「オレ? あー……じゃあ一つだけ」
「なあに?」
「あんま他の男に触らせんなよ」


ふいっと視線を逸らす仕草には言いづらさが滲み出ていて、珍しいその表情に目を瞠る。多分米屋が言っているのは、さっきの出水くんの事だ。頭にポンッて軽く触れられただけだけど、戻ってきた時に機嫌が悪そうだったのも納得できる。そっか、米屋も嫉妬とかするんだ。
ゆるゆると自分の口元がだらしなく緩むのがわかる。引き締めようと力を入れてみてもうまく出来ないでいると、コツンと軽く頭を小突かれた。


「笑うなよ」
「一緒だなーと思って」
「あー……カッコ悪ィ」
「お互い様だね」


ああ、もうどうしよう。すっごい好き。告白してくれた時に嫉妬するって言ってたけど、そんな素振りなかったし。でも、本当だったんだ。米屋も嫉妬するくらい好きでいてくれるんだ。そう思うとじわじわと嬉しさが込み上げてきて、暫く顔の緩みは治まりそうにない。


「あー、そうそう。栞な」
「……うん」
「宇佐美栞。ボーダーにいるオレの従姉弟」
「従姉弟?」
「そー。身内」
「……そっか、従姉弟かぁ」
「安心した?」


口の中で転がすように何度か呟いていれば、にやりと意地悪く笑った米屋が覗き込んでくる。
安心した。すっごく安心したよ。なんて、口に出さなくても顔が全てを物語っているだろう。隣にある米屋の腕へ飛びつくように抱き着いて、とん、と頭を預ける。


「ねえ」
「ん?」
「今度、一緒にどこか行きたい」


米屋はボーダーが最優先だから。そう思って今まで口にしてこなかった。さっき米屋が言ってた遠慮せずに言えっていうのは、私のちょっとした我慢を見抜いていたからだろう。本当にダメなら断られるだろうけど、最初から断られるのを前提に誘いもしないのは間違っていたのかもしれない。


「なに? デートのお誘い?」


ほら、その証拠に少しだけ声のトーンが上がっている。いつもはこうやってからかわれると突っぱねてしまう事もあるけれど、今は全く気にならなかった。
掴んでいた腕を少し引いて米屋と視線を合わせると、「うん。だめ?」なんて我ながらあざといと思う仕草で肯定する。
付き合って、もうすぐ一ヶ月。まだまだ私たちはお互いの事を知らなくて、手探りの状態だ。でも、これでいいんだと思う。焦る必要なんてない。少しずつ言葉を重ねて触れ合っていけば、いつかきっとこうして肩を並べるのが当たり前になる日が来ると思うから。
米屋の耳がほんのりと赤く染まるのを見ながら、そう思った。




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