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防護壁すら射抜かれて 前編

放課後の教室に男と女が二人きり。
一つの机に向かい合って勉強している様子は遠くから見たらイチャイチャしているカップルにでもみえるのだろうか、なんて想像をして気まずい雰囲気になるのがこの年頃の男女だろう。だがしかしこの二人、米屋陽介と高宮葵にはその他大勢の年頃の気持ちなんてものは適応しないようだ。


「米屋……あんたまーた適当に書いたでしょ?」
「しゃーねぇじゃん? わっかんねーもん」


問題集を前にあきらかに集中力を切らしている米屋に対して高宮の緩い激が飛ぶ。シャープペンシルを指先でクルクルと器用に回しながら口答えをする米屋に悪びれた様子は見受けられない。毎度のこととはいえ、成長の見えない彼に深いため息をつきたくなったのは何もこれが初めてではない。
むしろ、今日はもう一人の問題児が防衛任務でいないだけ疲労度は半分で済んで助かっているほうだ。


「高宮、お前の遅刻数は大目にみてやる。そのかわりこいつらを何とかしろ」


担任からの理不尽な交渉を持ちかけられたのは先月の事だった。朝にすこぶる弱い高宮が遅刻常習犯なのは1年の頃から知れ渡っていること。それでも無事進級できているのは文句のつけようのない成績を残しているからだ。だが、いくら成績がいいからといっても許容範囲には限度がある。
なにかしらペナルティをと頭を悩ませていた担任は、もう一つ頭を抱えている問題の解決策に使ってしまえと考えたのだ。つまりは担任が楽したいがための案。もう一つの問題、ボーダー隊員だから免除されているとはいえ授業についていけていない米屋と出水の勉強を高宮に見てもらえばいいというものだった。

もちろん高宮のみならず、米屋も出水も拒否を示した。だが大人のもっともな言い分の前では子供の屁理屈など通用するはずもなく。泣く泣く放課後の居残り勉強が確定してしまったのだ。
逃げる事が出来ないのなら、早く終わらせることに専念した方が良いだろう。そう決心したのはどうやら高宮だけだったようで、教わる側の二人にやる気というものは感じられなかった。結果、一月が経ったというのにゴールははるか遠くてぼんやりとさえ見えてこない日々が続いている。


「その問題、一年生のなんだけど」
「マジで?? ほとんどわかんねーんだけど。やべーなオレ」
「やべーのよ。だから今すぐにでも覚えて。そして私を解放して」


特に予定は無くても早く帰りたいと願うのは普通の事だろう。それなのに、ボーダーという忙しいはずの米屋がやる気を出さない意味が分からない高宮はホトホト困り果てていた。特に今日は今すぐにでも帰りたい気分なのだ。
なにせ全くそうとは見えないが、高宮は米屋が異性として好みのタイプだと自覚しているからだ。
現在は恋心と呼べる迄には発展していないにしろ、この勉強会をきっかけに好きになってしまう可能性も無いとはいえない。だが、ボーダー隊員なんて好きになってしまってもいいことなんてない。忙しい彼らが恋愛ごとに現を抜かしている時間は少なければ、生死の危険すら伴う任務に不安ばかりが募るだけ。両想いになる可能性が低いどころか、片想いですら楽しいだけで済まないなんて不毛な恋もいいところだと考えているからだ。

この条件下なら本来、冒頭でも述べたような気まずい雰囲気が流れてもおかしくないはず。だが高宮の変な強がりがその雰囲気を作らないどころか、友好関係すらも築く雰囲気にさせないのだ。
それでも会話が成立するのは米屋が高宮の態度など気にすることなく飄々としているからだろう。


「前から思ってたけどさ、高宮って面白れぇよな」
「なにそれ。すごい嬉しくないどころか心なしかムカつくんだけど」


高宮の返しに、そういう返しがいいと笑う米屋は既にシャープペンシルを机に置いて勉強モードではなくなっていた。少し前まで退屈そうに至る所に飛ばしていた視線が真っ直ぐ高宮を捉える。


「高宮はボーダーとか興味ねーの?」
「なんで?」
「たいていのヤツはボーダーについてのアレコレ聞いてくんのに、高宮は一回も聞かないじゃん?」


高宮を見つめる米屋を表現するなら、まるで新しいおもちゃを見つけてはしゃぐ子供の様な顔。ならばその輝かせている瞳に移る高宮は物珍しいおもちゃといったところか。今の米屋は未知数のおもちゃがどんな反応を示すのか知りたくてワクワクしているだけ。まるでそうでなくては困るとでもいう様に、高宮は体が熱を持ち始めている事に気が付かないふりをして必死に自分に言い聞かせた。


「知る必要ないもん。ってかなに? まさか聞いて欲しいの? 聞かないけど」


たとえ世間話だとしても、ボーダーの事を聞いて今以上に米屋を知って惹かれるのが怖い高宮は会話を終わらせようと問題集を解く様に催促する。しかし米屋の視線が変わる事はなかった。


「やっぱ高宮いいわ」


より一層口角を釣り上げて高宮を見つめ続ける米屋の視線に熱が加わる。いつもの軽い視線と異なる、人を射抜くような瞳は好敵手と戦っている時のものと似ていた。だがボーダー隊員でもない高宮がその眼を見るのは初めてで、背筋がゾクリと逆立つのを感じていた。


「なぁ、オレと付き合わね?」


告白というには甘さが足りない雰囲気のまま響く台詞に、高宮は思わず眉をひそめる。心が動いたかどうかで言えばドクンと確かな音を鳴らすほど大きく動いた。だが、嬉しいか嬉しくないかで言えば、嬉しくないと答えずにはいられないだろう。
高宮は好きにならない様に最低限の接触しかしていないし、会話だって冷たくあしらったはずだと過去を振り返る。その上で、米屋の高宮に対する評価が高い事が理解できないし、怪しいとさえ思えるのだ。


「質の悪い冗談は笑えないけど」
「かなり本気だしそんな冗談いわねぇよ。あ、もしかして彼氏とかいたりした?」


その手の話題をするような仲ではなかったのだから米屋が知らないのは当然。順序も雰囲気もメチャクチャで感情さえも読み取る事の出来ない米屋が何を考えているのか。高宮がいくら頭を悩ませたところで答えなど出るわけもない。米屋色に染まりたくない恋心を守るようにため息をついたところで米屋の視線からは逃げられず、静かに首を振って答えるしかなかった。


「あんたねぇ。私に彼氏がいたらどうするわけ?」
「彼氏よりオレを好きになればいいだけじゃん?」


自分勝手な略奪思考を公言してしまうのには正直ちょっと引いただろう。これが米屋でなければの話しだが。
好みの男性が自分と付き合いたいと言ったうえで、他に好きは男がいても奪うとまで言ってくれているのだ。女心がくすぐられないわけがない。
上気していく顔と同じ様に染まりつつある胸の内を隠す様に、バカじゃないのかと悪態をつく高宮の態度が照れ隠しからきていることなど誰が見ても明らかだった。


「ってなわけで、付き合おうぜ」
「断るっ! なにが、ってなわけで、なのさ。自惚れんな」


耳まで赤く染めて否定したところで米屋には可愛いとしか認識されず、ニヤニヤと頬を緩める材料を与えただけに終わった高宮は居たたまれず机に出してあった自分の筆記用具を鷲掴み、勢いよく席を立った。


「帰んならデートでもしよーぜ」
「しません!」
「おーおー反応いいなぁ。まっ、いいや。すぐにその気にさせてやんよ」
「……やれるものならどーぞ」


米屋の宣戦布告に対抗するすべを持たない高宮は、精一杯の強がりを置き去りにする様に教室の外へと足を急がせる。完全に負け犬がしっぽを巻いて逃げているだけだとわかっていても、今はこれ以上この場にいたら全てを米屋にもっていかれる気がしてならないからだ。いまならまだ、完全にハマりきる前に抜けだせるはず。そう思ってあがく高宮をそのまま見逃さないのが、普段から修羅場に立っている男の判断なのだろう。


「あ、高宮」


あと一歩で教室を出てしまう背中に呼び掛ける米屋の声には動きを止める術でもかかっているかの様に高宮の足を止めた。
本能的に続きを聞いてはいけないと感じながらも、床にピタリと張り付いて動かない足が高宮をその場に留まらせる。危険だとアラートを鳴らすみたいに逸る鼓動が聴覚を塞いでしまえばいいのにと願っても高宮の耳は米屋の声を拾い上げる。その声はズルいと言いたくなるほど真剣な声だった。


「好きだぜ」


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write by 朋


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