WT | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




防護壁すら射抜かれて 後編

「最近みょーに楽しそうだよな」


太陽が段々と赤味を帯びていく空を教室からぼんやりと眺めていた高宮は、ドキッと心臓を弾ませたことを悟られないようにゆっくりと声の主へと振り返る。だが声の主である出水は高宮ではなく、今にも鼻歌を歌いだしそうな米屋に対して探るような視線を送っていた。
出水の視線を気にする様子のない米屋がその言葉を投げかけられたのは何も今が初めてではない。このところ米屋とそれなりに関わり合いのあるボーダー隊員数名から似たような質問をされており、その度に米屋は同じ返答を返す。


「まーな。ちょっとやる事できたんでね」


決して『何に』とは言わない。そのため解釈は聞いた人それぞれで、たいていの人はボーダー関係の何かだと思っている事だろう。高宮もその会話が聞こえる度にそうであってくれと願っているが、必ずチラリと米屋が視線を送ってくるので頭を抱えていた。


「は〜ん、そーゆーことか」


今回は米屋がいつもよりもわざとらしく高宮に視線を飛ばしたおかげで、出水が悟った様にニヤニヤと頬を緩めている。早く言えよなんて言いながら勝手に荷物をまとめだす出水を冷静に止めることなど高宮にはできなかった。あれよあれよという間に帰り支度を済ませた出水が「邪魔者は消えるわ」と言い残してさっさと教室を出て行ってしまうのを「いや、、」とか「ちょっ、、」とか単語にならない声で引き止めるが意味をなさなかった。


「あーあ、帰っちまったな」
「……あんたのせいでしょ」
「オレはなんも言ってなくない?」


心外だと抗議する米屋のその顔に傷ついた様子は見受けられない。それどころか含みをもたせた笑みを絶やさないとなれば確信犯と言わざるを得ない。あの日から米屋のペースに乗せられている気がしてならない高宮は、それでも足掻く事を止めなかった。
足掻く言い訳ならいくらでも思いつくだろう。だが結局は、高宮は自分が傷つくのが怖いのだ。飄々としていて掴みどころのない米屋の心の内が読めないから。好きだの言っている気持ちが本当だとしても、今だけなのではないかと不安になる。心の糧を外していざドツボにハマったころに飽きられてしまうのが心底恐ろしいのだ。


「あんたは目が煩い」
「ブハッ! 目がうるさいって初めて聞いたわ。ウケる」


あの日以来、初めての二人きりの空間に内心焦りまくっている高宮を嘲笑うかのように態度の変わらない米屋に、高宮は自分ばかりが気にしている様で苛立ちが募っていく。好きだとか付き合おうとか言っているのは米屋の方なのに、何故自分がこんなにも心乱されなくてはいけないのか、と。


「もう煩いその目を向けないで」


いくら突き放しても米屋にその眼で見られるだけで心が侵食されていくようでたまらなかった。まるで必死に抑えつけているこの想いを知っていて、あえて溢れさせようとしているかのような米屋の視線は高宮には刺激が強すぎたのだ。
だが高宮の相変わらず突き放すような態度にも米屋の余裕が崩れる事はない。真っ黒な瞳に高宮を映したまま、弧を描いた唇が動かされる。狙った獲物を易々と逃がすわけのないハンターのように。


「でもさ、高宮も同じじゃん?」
「なにが?」
「必ず目が合うってことは、それだけ高宮もオレを見てるって証拠じゃね?」


目は口程に物を言う。
米屋の目が確信を持っているかのように力強く感じる様に、高宮の目が動揺で揺れているのも見てあきらか。目を合わせる事も反論する事も出来ない高宮に残されたのは、沈黙か逃走のみ。


「今日は逃がさねーよ」


逃走しようと立ち上がったはずなのに高宮の足は動かなかった。背中に感じる熱と、身体を締め付けるような圧迫感。そして耳元で聞こえた声。これで今の状況が分からないほど愚かではないが、状況がわかったところでどう対処してよいかわからない高宮は身を固めるしかなかった。


「もう答え出てんじゃねーの?」
「……考えて、ない」


首を振るとともにやっとの思いで絞り出した偽りの言葉はただの強がりだった。高宮は自分でもなんでこんなにも抗おうとしているのか分からなくなっているが、だからと言ってすぐに素直になる事も出来ないのだ。
震えた高宮の声に、今まで揺るがなかった米屋に少しだけ焦りが見える。背後から抱きしめているせいで高宮の顔が確認出来ないせいもあるだろう。


「あれ? 本気だって伝わってない感じ?」


激しい抵抗を見せないながらも受け入れる様子もない高宮の考えがここにきて読めなくなった米屋は、腕の力を少し緩めて高宮の顔色を伺う。覗き込むようにして確かめた高宮の顔は、赤く染まりながらも大きく眉間にしわを作っていた。


「あんたの言葉を信用する要素が、ない」
「うわ〜オレってそんな信用ない? さすがに傷つくわ〜。でも、信用できないだけで嫌ではねーのな」


高宮の肩に顔を乗せて体を預ける米屋の言葉に安堵したようなため息が混じる。それは高宮にしたら予想外の反応で、処理の追いつかない情報量に脳が煙を上げそうになっていた。米屋は何がそんな信用できないのかと高宮に問う。けれど実際に米屋が何かしたせいで信用できないというわけでもないので、高宮には答えようがなかった。
好きなタイプでした。気になっていました。好きと言ってもらえて嬉しい。その事実に蓋をして、ボーダー隊員との恋愛は苦難が多い。飽きられるのが怖い。傷つきたくない。そんな身勝手な言い訳ばかりしている自分が嫌になる。そんな心の内を表す様に噛みしめられた高宮の唇に気付いた米屋が、フッと高宮の耳に息を吹きかけた。


「ひょわっ!? ちょ、なに!?」
「なーんか怖い顔してっからさ。力抜けただろ?」


ヘラリと笑っているであろう米屋を睨みつけたいのに、至近距離過ぎて米屋の方へ振り向けない高宮は真っ赤な顔をしてそっぽを向いた。眉間にシワを残したままだがその唇はもう噛みしめられていない。
顔は見えなくても首元まで赤く染めた高宮を見れば今までの態度の理由も想像できてしまうのは日頃から駆け引きを行うボーダー隊員だからなのか、米屋だからなのか。はたまた高宮がわかりやすいのか。


「なぁ、ホントに好きだぜ」
「ッ、、軽い」
「ハハッ、ひっで。じゃあ……好きだ」
「……うそ」
「嘘じゃねーって。信じるまで何度だって言ってやんよ。好き。すっげ―好き」


そう言った米屋の鼓動が高宮と同じくらいリズミカルに主張をしていることが信じられずに思わず振り返ると、案の定至近距離で視線が交わった。米屋がギュッと抱きしめる力を強めたせいなのか、どちらの心音なのか分からないほど響く鼓動が高宮の脳を支配していく。素直になればいいだけなのに言葉が出てこない高宮の瞳がじんわりと涙で歪んだ。


「そんなゴチャゴチャ考えずにだまされたと思って愛されてみろって。たぶん後悔させねぇから」


たぶんだけどな、なんておどけてみせるのは米屋も少なからず緊張と不安を持ち合わせているからだろう。それでも逃がさないとばかりに高宮を強く抱きしめる。ここまで言われてしまえば高宮の頑固な意地も張る暇をもらえないようだ。


「後悔、させないでね」


やっと待ち望んでいた答えが聞けた米屋が嬉しそうに高宮の頬にキスを送るのを見ていた夕日が、二人の熱に当てられ静かにその身を隠したことに気付くのにはもうしばらく時間がかかりそうだ。

write by 朋


[ back to top ]