■ 1


「バイト代、無くなったよー」

 しょんぼりと肩を落として屋上に現れた江西の言葉に、卯城は、あっそう、と答えた。

 卯城は、敵に回したくない、関わりたくない、見かけたら逃げろ、と彼を知る者すべてに避けられているほど素行の悪い男だった。彼の中には対等だとか思いやりだとか、人間的な触れあいだとかいうものは存在しない。

 彼にとって周囲にいる人間は、ぶちのめすモノと無視するモノと玩具にするモノの三つに分類される。当然ツルむような友達もいなければ恋人もいない。しかしそんなことはどうでもいいのである。彼はただ毎日好きなように誰かを殴って、シカトして、弄り回して楽しんでいた。

 そんな彼に自ら近寄ってくる稀有な存在が江西だ。

 この高校に入学してすぐに有名になった卯城とともに、風変わりな江西も何かと変なヤツと噂されることの多い男だ。ひょろりとした長身に造作は悪くないがいつもへらりと緩んだ顔で、どこからともなくやってきては卯城のまわりをうろうろしている。

 殴られてシカトされて遊ばれて泣かされたとしても、しばらくすればけろりした様子でやってくる。卯城は卯城で、江西の評判や意向など頓着することもなくその場の気分で好きに扱っていた。

 だから今日も、やってきた江西が勝手に話し出すのを放ったまま昼メシを堪能していた。

「いっしょけんめい働いたんだぞー、なのにさー、給料貰って帰るとちゅうでなー、なんか絡まれてさー、ヒデェんだぜ、アイツらー、六人もいたんだぜー、そんで囲んで金よこせってひどくねー?」

 卯城は購買で買い占めたメロンパンをもぐもぐと食べながら漫画を読みつつ、あっそう、と答えた。江西はその横に座り込んでめそめそと続ける。

「そんでさー、けっきょく金は全部とられてなー、小遣いももーねぇから昼メシ買えなくってさー、もーオレ腹減って腹減ってさー。なー、どうしたらいいと思うよ、ウジョーくんー」

 三個目のメロンパンを食べ終えた卯城は、袋をぽいっと投げ捨てて、指についたメロンパンの欠片をぺろりと舐め、漫画から顔を上げる。

「そういや、このあいだ貸してやった五百円、返せよ」

 江西は差し出された右手に視線を落とし、その手のひらに指先を丸めた右手をぽすっとのせた。即座に翻った卯城の平手が江西の頬に炸裂した。

「いてぇよーウジョーくーん」

 卯城は、頬を押さえた泣き顔を一瞥して、四つ目のメロンパンを手に取る。

「今返せねぇなら利子つくからな。明日までに千円、返せよ」
「ヒデェよー、ウジョーくーん」

 ひんひんと鼻を鳴らす江西。しかし卯城は黙々とパンを頬張る。やがて泣くのに飽きたのか、江西は床に転がっているメロンパンのひとつにそろーっと手を伸ばす。

 だが、その指先がパンに届く前に、漫画の角が手の甲に振り下ろされた。

「いってぇー! ひでぇよー、ウジョーくんーっ」
「うるせぇ、泥棒」
「だって腹減ってんだぜー」
「知るか、飢えて死ねば?」
「えー、ひでぇよー、シャレなんねぇよー」
「本気だ。死ねよほら」

 卯城は漫画を江西の顔に投げつける。
 顔面でそれを受け止めた江西はしたたかに打った鼻を押さえて喚く。

「ヒデェー、鬼だー、悪魔だー、お前の血はアオミドロだあー!」
「うるせぇ。どっか行け」
「腹減って動けねぇー。パンくれよー、1個、いや半分、つーか、ひとくち」
「ひとくち、五百円」
「高ぇよおー、それ一個購買で百二十円じゃんかー、つーか金ないってばさー」
「じゃあ芸でも見せろ」
「芸?」
「ああ。お手」

 差し出される手に、ぽん、と手を置く江西。




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