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 舎弟の差し出す傘の下。
 俺は路地から飛び出した男の姿を目にした。予想を裏切った展開に、俺の口元は引き攣るように自嘲の笑みを浮かべた。

 斜め前にいたスキンヘッドの瀧本が俺の前に立ちはだかる。
 同時に周囲の全員が銃を抜き出し、男へ向ける。サイレンサーで腑抜けた銃声と怒声が交錯する。倒れ伏したのは飛び出してきた若い男ただ一人だった。

 俺は雨に滲む血を見下ろした。若造の胸を染め上げる赤い色が、俺の胸の奥に暗い穴を穿つ。

 俺は空を仰いだ。
 灰色の雲が一面に広がっていた。予報では午後は晴れのはずだった。何もかもがハズレだ。

 傘を放り出して最前線に飛び出していた若い舎弟が、慌てたように戻ってくると傘を拾い上げ、俺にさしかける。灰色の雨雲を遮った傘は、俺の心をも黒く覆い尽くした。


   * * *


 翌日も、雨だった。

 雨音が静かに、だが間断なく広い倉庫に響いていた。
 俺の足元には大きな水溜りが出来ていた。倉庫の屋根から雨漏りしたわけじゃない。

「なあ、意地張っていいことあるか? もう全部バレてんだぞ?」

 声とともに白い息が漏れた。
 俺は水溜りの中央にうつ伏せに倒れた男のこめかみを爪先でつつく。

 見下ろした横顔は原型を留めていない。涼しげな優男だった石倉の顔は、出来損ないのモンスターのように不恰好に腫れあがり、前歯の無い口が赤い涎を垂らしていた。

「みっともねぇなぁ。ガキじゃねぇんだ。口閉めとけよ」

 屈みこみ、スーツのポケットから出したハンカチで口元を拭う。薄かった唇が倍以上に膨れ上がっている。見る間に赤い染みのついた布キレでついでに鼻血や脂汗を拭ってやった。

「今まで、随分目ぇかけて来てやっただろう。俺が本家継いだら俺の右腕は今まで通りお前に務めて貰おうと思った。それでもまだ上が欲しかったか? ん?」

 抉られた左目の傷に汚れた布を押し付ける。びくりと全裸の体が震え、くぐもった呻きが漏れた。逃げようとでもいうのか、背中で縛られた両腕を力なく擦り合わせる。

「二番手じゃ満足できねぇか。トップに立ちたかったか。さぞ俺が目障りだったんだろうなぁ?」

 腫れた瞼が持ち上がり、石倉が俺を見上げた。定まらない視線が俺を捕らえると、髪を毟り取られまだらに禿げた頭をふらふらと横に振る。唇が震え、言葉にならない声を漏らす。

「何だ、言い訳でもあるのか? 言ってみろ。鉄砲玉の手引きしといて、まだ何か言い訳できんのか? ああ?」

 言いながら、怒りに語尾が震えているのがわかった。

「言えよ、ほら。何か言いてぇんだろ?言い訳じゃなくて女の居場所でも言う気になったか?」

 ハンカチ越しに顎を掴み、上に逸らせながらぎりぎりと力を込める。短く荒い呼吸が途切れがちになる。苦悶の顔は、醜く歪んでいる。

 そのまま手を離して立ち上がると、鈍い音をたてて石倉の顔面がコンクリートに打ちつけられた。

 何度か痙攣した体から目に見えて力が抜けた。
 間髪入れずに、俺の背後に控えていた男がバケツの水を石倉の頭に浴びせる。




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