■ 1


 二十年前、俺は七つの海を渡るんだ、と豪語して海外に出奔した親友が帰ってきたのは、夏も盛りの頃だった。

「いよぅ、平沼ァ。相変わらず青白いツラしてんなぁ」

 不動は、昼下がりのけだるく眩しい日差しを背に受けて、記憶にある豪放磊落な印象とまったく変わらない調子で入ってきた。

「……不動、か? 久しぶりだな」

 驚きと再会の喜びに声が詰まる。
 笑みを浮かべて、仕込み中だったカウンターから出てみれば、不動はずいぶんと汚れた身なりだった。

 襟がよれよれになった長袖の黒いTシャツ、迷彩なのか汚れなのかもわからない柄のズボンに編み上げの黒いブーツ。背中にはボロボロになった大きなザックを背負っていた。

「どうしたんだ、その格好は? いままで何やってたんだ?」

 高校を卒業と同時にアメリカに渡り、一年に一、二回手紙を寄越すたびに住所は変わっていて、その手紙も十年前から途絶え、それ以降まったく音信不通だった。

 一年ほど前にどこかで死んだらしいなんて噂も出たのだ。
 この十年、どこでどうしていたのか。

 不動は浅黒く日に焼けて、長身に逞しい筋肉をみっしりと備えていた。伸びた黒髪は、ところどころ白いものが混じり、もみあげから繋がった髭が顔の半分を覆ってまるで山奥から出て来た熊だ。

 不動は陽気に笑いながら背にしょっていた大きなザックをどさりと床に下ろし、自分の格好を見て肩を竦めた。

「いやぁ、案外きれいな店なんで入っていいもんか迷っちまった。お前も随分しゃれてやがんな? いつから髪が茶色になりやがった」
「高校出てすぐ染めたよ、それより」
「眼鏡はどうした? 昔はこんな分厚いのかけてたじゃねえか?」
「コンタクトだ。それで、お前は」
「店も立派なもんだ。ちっと小せえが」
「小さくて悪かったな。ほとんど俺ひとりでやってるんだ。このぐらいがちょうどいい」
「ふうん。ゲテモノ料理のレストランだなんていうから、薄っ暗ぇもん想像してたのに、フランス料理の店みてえだなあ」
「ちょっと待て、なんでゲテモノなんて」
「あ、そうそう。俺な、ここ十年くらいあっちこっちで傭兵やっててなぁ、それで南アで死んじまったんだよ」
「は?」

 不動は笑みを浮かべたまま言った。

「しかも妙な呪術師の婆さんがいらん親切心起こしてくれてさー、生き返らせてくれたのはいいが、死んでから一年も経ってからだぜ?蘇生の術は時間がかかるんじゃ、とか言ってたが別に頼んじゃいねえってのな。しかも術が半端だったらしくて、心臓動いてねえし、脈もねえし。とりあえず帰ってみようかとか思ったら、誰かが実家に連絡入れてたみてえで戸籍消えててよ、パスポート使えねえから密入国者だとか思われて出国できねえわ、とっ捕まっるわで、脱獄に苦労したよ。で、中国経由で密入国したんだけど手持ちの金がもうねえんだわ。実家に顔出したら騒ぎになっちまうから、お前のとこ来たんだけど、迷惑だったか?あ、これ土産。中華まん。手引きしてくれた華僑がこっちでやってる店でもらってきた」
「あ、ああ。ありがとう……」

 差し出された中華まんの袋を受け取り、まじまじと不動の顔を見る。

「死んでる、のか?」
「おうよ。ちょっとこの暑さで腐りかけてんだ。なんか新鮮な肉くれねえか? 補給しねえと皮膚が溶けそうだ」

 日に焼けているせいで顔色がよく解らないが、眼の下が青黒い気はする。

 しかしそんなバカな。
 からかってるだけだろう。
 昔からふざけたことばかり言ってるヤツだった。

 いい年をして相変わらずにもほどがある。
 しかし久しぶりの再会で目くじら立てるのも大人げない。
 しょうがないから乗ってやるか。

「そうか、色々大変だったな。肉がいいのか?牛でも豚でもなんでもあるぞ」
「鼠あるか?」
「鼠?」
「ゲテモノレストランなんだろ?」
「違う。ちょっと風変わりな創作料理ってだけだ」
「なんだそりゃ。まあいいや、なんでもいいから生でくれ」
「生って」
「切り身でそのまんまでいいぜ。味付けもいらん」
「……わかった」

 どこまでその冗談をするつもりか見届けてやろうと、皿に細切れの牛生肉をのせて出してみた。





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