■ 6




   * * *


 気がつくと、俺は電気がついたままの部屋の布団に一人で包まれていた。
 腰から下の感覚が妙に鈍い。
 肩や腕の関節がギシギシするのに顔を歪めながら体を起こす。

「あ、起きた? 具合どう?」

 須田の呑気な声がする。軋む首を曲げてそっちを見ると、入り口横の流し台に須田が立っていた。

「暇だったから部屋片付けたよ。お風呂と流しも洗っといた。ゴミはまとめておいたから。いやあ、思ったより荒んだ生活だなあ。掃除してないでしょ。男やもめに蛆が湧くなんて実践しないでよね」

 にこにことそう言って、タオルで手を拭きつつ、俺の傍らに膝をつく。

「お腹空いてる?何か食べたい?」
「須田……」
「ん?」

 とりあえず一発殴りたいんだが、拳に力が入らない。

「……いや、いい」

 もう少し回復してからにしよう。そう思ってまた布団に潜り込んだ。

「……亮平君」
「なんだよ」

 背を向けて横になったまま答える。

「あの、……覚えてる?」
「ああ? なにを?」
「えーと、……さっき、ご近所さんと、お巡りさんが……来てたんだけど」
「……はあ?」

 寝転んだまま振り向くと、須田は布団の横にデカイ体を縮めるように座っている。

 珍しく神妙な顔をしている。

「覚えてない?」
「ねえよ。なんだよ、それ」
「そうかー。覚えてないかー。やっぱりなあ」
「なんなんだよ、何かあったのか?」
「うん。あのさ、亮平君の声がご近所に聞こえてたらしくてね。通報された」
「はあぁ?」
「いや、ほら、亮平君すごい感じまくってて、死ぬ死ぬって言ってたからさ。ご近所さんが勘違いしたらしくて。それでお巡りさんが部屋まで来て、とりあえず僕が出たんだけど」
「……で? お前、なんて言ったんだ?」
「え、まあ、ありのままに。恋人とちょっと激しく励んでただけですって」
「ああああああ?! ふざけんじゃねえよお前! 何言ってんだよ!」
「あははは、だってしょうがないじゃない。で、お巡りさんが一応の相手の話も聞きたいって言って、中に入ってきちゃって」
「……覚えてねえよ」
「うん。ぐったりしてたね。でも、声かけたら目を開けてね、僕にしがみついて、もっとしてって言ってキスしてきたよ」
「……お巡りは?」
「いたよ。見てた。それで僕が、すみませんけど静かにヤるんで続きしてもいいですかって聞いたら、近所迷惑にならないようにお願いしますって言って帰った。いやー焦ったよー。薬物検査とかされたらどうしようかと思ってね。そんなに違法じゃないとは思うけど外国製は引っかかりやすいって聞くし」
「お前、そんなヤバイ薬を俺に……っつーか、近所中にそんなっ……知られて」

 絶句する俺に須田がへらりと笑う。

「あ、よかったらウチに引っ越す? 寝室の防音ばっちりだか」

 俺は渾身の力をこめて須田の顔面に枕を叩きつけた。
 が、それ以上は体が動かず、布団に沈んだ。

「このっ馬鹿が! 死ねよ馬鹿! くそ豚野郎!! 死ね死ね死ね! 今すぐ首吊りやがれ!!」
「だめだって、あんまりでかい声で死ねとか言ったらまた通報されるよ」

 須田は笑いながら俺の口にタオルを押し込み、黙らせる。

「ほら、まだ体辛いでしょ。大人しく寝てようねー」

 俺に頭から布団を被せて、更に自分も覆いかぶさって暴れる俺を押さえ込む。

 ああああ、殴りてえええええ!!
 つーか、殺してやりてえっ!
 むしろ死んでくれよ畜生!!

 布団の中でもがきながら俺は須田を呪い続け、絶対転職して引越ししようと決心していた。






<fin> 




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