旧太陽系第三惑星・第三居住地調査報告書



2XXX年。ある夏の日。
真っ赤な太陽がいくつも墜落して、地球はたくさんの地球になった。

「はあっ、はあっ……」
最悪だ。最悪だ。
どうして俺がこんなところを。
足元の悪い地面をふら付きながら、進んでゆく。
復興調査の為だ、といいつつ、派遣員が俺一人だけ。
ようは見放された場所なのだろう。もはや、復興は不可能と判断されたか。ただの繕いだ。体裁整えだ。

忌々しい。

だらだらと続く坂道をひたすら突き進む。頂上はいまだ見えず、緩やかな上昇が続くだけ。
旧地球惑星第三居住地・日本国跡地。
数ある旧地球惑星居住地のうち、最も復興の進んでいない箇所の一つだ。じゃり、と足元で踏んだ石が崩れた。俺の居た、第一居住地は最も復興の進んでいる地で、こんな瓦礫道はもう殆ど均され、アスファルトが敷き詰められている。数十メートル級のビルディングがそこかしこに建設されている。と、いうのに、ここはどうだ。
「まるで、見放された荒野じゃないか」
ひょう、と乾いた風が俺の言葉を掠め取った。進むべき道にも、背後に控える景色にも、生物と呼べるものは何も無い。

遡ること、ほんの数百年前。
宇宙開発を推し進める人類を制すかのように、宇宙はその真っ暗な牙をむいた。
巨大隕石の衝突。
当時の人類にとって、宇宙の唐突なる反撃はまさに神話の再現に他ならなかっただろう。人類は、その隕石の飛来を予期することは出来なかった。まるで、人類が張り巡らせた宇宙観測の網目を掻い潜るようにして、突如、それは現れた。一惑星を木っ端微塵にするほどの巨大な飛来物を、どうして、人類は観測が出来なかったのか。
それは未だに解明されない謎であるが、一部の、――否、殆どの人類はその理由は本能的に理解っている。
――神の裁きだ。
さしずめ、バベル。
宇宙へとその手を伸ばす人類に、創造主の存在を忘れている人類に、神は今一度自らの存在と、人類の強欲さを戒めたのだ。イカヅチを降らす代わりに、隕石を飛来させることによって。人間ごときが予期することも、まして回避することが叶うはずが無い。
「はあっ、はあっ」
やっと、俺はこの丘の頂上を捉えた。
息はすでに切れ上がっていて、視界がぐらぐらと不安定に揺れる。
運動不足か。
否。
水が足りないのだ。
喉が渇く。
こんな、岩と砂に囲まれた世界では。
背負ったバックパックを下ろし、強引に水筒を抜き取った。たぷん、と水筒の中で水が音を立てた。思わず、喉が鳴る。俺は堪らず、それに口をつけると、一気に飲み干していた。
ああ、ダメだ。全て飲んでしまっては。
いずれ、死ぬるのみ。
どこかで理性が告げていたが、喉を伝い落ちる滑らかな感触にかき消されてしまった。飲み干せなかった水が口の端から零れ、乾いた大地を塗らした。一瞬、水を受けた大地は色を変えたが、すぐさまもとの乾いた色に戻ってしまった。
恐るべき吸水力である。
(土が全ての水を吸ってしまうから、この地には植物すら生えていないのかもしれない……)
俺はそれを茫っと眺めながら、そんな事を思った。
そうか。もはや、この地は。
丘の上まで駆け上がる。水を得た身体は、さっきとは打って変わって軽かった。大地を蹴る。ずるりと、細かい砂粒のせいで何度も滑る。
「……はあっ」
息を吐き捨てる。次いで、吸う。乾いた空気が、喉に突き刺さるようだ。丘の上から、第三居住地を見下ろす。
「なにが、居住地だ。

もはや、この地は人間のために、否、生物のために存在していないじゃないか」

茶色く、煤けた大地。
岩と、砂に囲まれた地。
空気は生物に吸われる為でなく、長い、長い時間をかけて岩を風化させるためにある。ざらついた、やすりと同じく。
俺は、忌々しく足元の砂をすりつぶした。風が吹くたびに、軽い砂は攫われてゆく。
茶の風。
肌がざらつく。
俺は再び、眼下の大地を見下ろした。
乾ききった大地。
色の無い、拒絶した大地。
ここに、再び生物がはびこることなどあるのだろうか。
思わず過ぎった疑問に、
『君らはどうせ、一億年とは生きられないのさ』
と。
どこかの何かが、答えた気がした。


  
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