「……事が尋常ではありませんので、一般の警備会社に頼むのもひけまして。……それに、そちら様はそういう……」
 口篭った言い方は、まるでその言葉を発する自分を恥じているかのようだ。確かに、常識人を自負する人間にしてみたら、言葉にして認めることで己の常識を自身で覆すことになる。それが、正しい反応だ。
「わかりました。詳しい事は直接お聞きしたいのですが」
「ああ……ええ、それでは明後日のお昼の二時はどうでしょう?」
 結構です――そう言葉を発した自分を、今更ながらに恨めしく思う。
――犯人が、見えないんです。
 鈴和の戸惑った物言いに嵐は更に戸惑う。
 彼女の話を整理すると、午後になると必ずどこかの本棚が見事なまでに荒らされるという。その為、職員を多く配置して見回りを実施しても、一向に止む気配がない。遂には監視カメラを導入したが――結果、本が勝手に宙を舞っているという自身の目を疑う映像を映し出した。
「……そら驚くよな」
 化け物慣れしている嵐にしてみれば、驚くほどでもない。犯人が見えない――そう言う鈴和の声は震えていたが。
「さて……」
 嵐は辺りを見回す。
 机に向かっている者は皆、自分の作業に没頭し、本棚を見上げている者は目的の物を探し――どちらも嵐の事など眼中にない。かえってやりやすいが、無視されているようでもあり、やはり居心地が悪い。
「……自分が興味あるとこの方が居やすいよな」
 呟き、嵐が足を向けたのは歴史、民俗学等の専門書が並べられている一列だった。
 古い紙の匂いと木の香りに、嵐は満足そうだ。いついかなる時も楽しみを忘れないのが彼のモットーである。
「……お」
 革装丁の本達が嵐を迎える。
 少し埃を被って白くなった本、金字で題名の書かれている本、黄ばんだ紙装丁の分厚い本――自分も読んだ事の無い本達は、本来の目的を忘れさせるのに充分だった。
 一冊読めば、また一冊。一ページ読めば、また一ページ――とばかりに本棚の間に座り込み、本の山を作り上げる。座り込んだ周りにはいつの間にか、本の壁が出来上がりつつあった。
 何冊目かの何ページ目かで、嵐は顔をあげる。
 本に影が落ちたのだ。

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