「奴は自分からあんたに差し出すだろうよ」
「どうし……」
「て」まで言うのを待たず、小鬼の姿はかき消えた。否、消えたと言うのは語弊があるかもしれない。
「隠れるなんてずるいぞ」
嵐にはわかった。――わかることを疎ましくも思うが。部屋の隅を見据えて言い放つと、どこからともなく、くつくつと喉を鳴らす笑い方が聞こえた。
「……良い目をしておる。では、されこうべを頂いた頃にまた来ようぞ」
「……歯だろうが」
毒づくも既に小鬼の気配はない。小さく息を吐いて、嵐は手のつけられてない茶に触れた。
「雑鬼に茶……あの人そんなに目ぇ悪くないぞ」
仮に小鬼が見えなかったたとして、そこに理由――トイレに行ったなどと考え、茶だけ置いていく人ではない。客の顔をしっかり見て、もてなす人だ。
では、何を見て茶を差し出したのか。
母の視力はあらゆる意味で良い方だ。ささやかながら、母にも人外の者をおぼろ気に感じ取る力はある。嵐ほどはっきりでは無いにせよ、見たとしたなら小鬼の正体ぐらいはわかるはずだ。
――ならば。
変化をしたと考えるのが妥当か。
「……ただの小鬼じゃねえな」
下等な者であれば、多少の力がある人間には容易く見破られる。本人に自覚はないが、母にも可能なはずだ。
しかし、机上には冷めた茶がある。
「高等な奴が何の気まぐれで……」
足を伸ばし、机に寄りかかった。
「生きてる鬼か……」
気まぐれで頼むにしては真実めいている。信じたら信じたで、まんまと小鬼の計算通りになるようで癪に障る。だがやらなければそれで、あの小鬼にはそれに報いを与えるだけの力がありそうに見えた。
「悩んでるの?」
縁側から、細い声がする。姿は無くとも声でそれと知る。
「……参考までに聞くが」
「やれば?」
間髪入れずの返答に誠意はない。ただ真実のみを告げる。
「あの小鬼、変だ。あいつが来て雑鬼が皆散っちゃった」
「俺に寄ってきた雑鬼か」
「お陰でここら一帯すっきりさ。餌もありゃしない」
声には憤りがこもっている。
来ただけであれだけの量を一掃とは――引くに引けない状況になってきた。
「何でこうなるんだ……俺は避けるだけなのに」
そもそも、進んで災厄や面倒事に首を突っ込む方ではない。避けれる事ならば喜んで回避する。
声は高らかに笑い、続けた。
「そういう性なのさ。性は曲げられない」
「……本当かよ」
「嘘をついてからかえる内容なら迷わずそうするね」
一章 終り
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