――悲しいもんだな。
 愛しいと思った少女に、結局海山の想いは届かなかった。「気をつけて」の言葉の代わりに放たれたのは、呪詛の言葉だったのだ。――悲しい、というよりもむなしさが先にたっただろう。
 共に過ごした日々の答えが、これだとは。
「憲治さんは君のことを本当に好きだったんだ」
 少女の表情が固くなった。
「……なぜ、あなたがそう言うの」
「そう思うからさ。好きでもない相手と何日も過ごすなんて出来ない」
「突然いなくなって?」
「一回会っただけだけど、あの人は軽率な行動をする人じゃないさ」
 少女は黙ったままだ。
「初対面の俺にだってきっちり頭下げるんだもんな。君にだって何回も言ったと思うよ」
「……いいえ、聞いてない」
「本当に?」
 きっ、と少女は睨みつけた。
「私は聞いてない!」
「君が聞こうとしなかっただけじゃなくて?」
「……あの人は……!」
「そうやって、憲治さんの言葉も聞かなかったのかな」
 我ながらきついことを言っているような気がする。しかしこうでもしなければ、少女の目が覚めることはない。――話せなかった時の方が、まだ美しく感じた、
 多分、と思う。
 海山もそう思ったのだろう。最初に会った、言葉も愛憎も、何もしらぬままの彼女が一番美しいと。そして少女の一つの姿である盃を持ち、割った。結果、口を割られた盃と同じく少女の口もきけなくなったのだ。――一番美しい姿のまま、健やかに。
 それが少女の望みであったかどうかは別だが。
 だが、それが彼女本来の美しさであると説いた海山の想いぐらいは知って然るべきだろう。
 たとえ共に生きてゆけなくとも、彼女らしく美しくあれば。
「……憲治さんは、悔やんでた」
「悔やむ? 私が呪ったから?」
「いや、勇気がなかった、って。君を自分の世界に連れて行けないなら、君の世界で自分が生きていけば良かったってさ」
「……なら、なぜ」
「……勇気がなかったんだろ。本当に。普通の人間ならまず腰が引ける」
「あなたは?」
「とりあえず、こちら側に近い人間だからな。馴れてる」
  そう、と呟いて少女は視線を泉へ転じた。
「……行こうって、言ってた」
 言葉からは刺々しさが失せていた。
「……でも、私には……」
 捨てられない。生きてきた世界を。

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