呆けたように盃を見つめ続ける少女に、事情を話しても通じるのか、と不安になる。
 と、その時。涙を流しているだけだった少女が、その白い手を盃に伸ばし、手に取った。
いとおしそうに表面をなで、緩慢な動きで立ち上がり、元は床の間だった所に膝をつく。
「……」
 盃の真っ直ぐに切られた面を中の水面に浸し、すうっ、と引き上げる。
 盃は芳しい香りを放つ水をまとい、姿を見せた。その光景に嵐は息を飲む。
 半分だけの盃は水滴を滴らせ、その丸い曲線の続きを見せた。
 完全な形を取り戻したそれは、確かに美しかった。少女の白い手がいやに際立って見える。
「……これは」
 鈴をころがすような、とはこの声の事を言うのだろうか。高くもなく低くもない少女の声は、心地よいものだった。
「これは、私」
「……それが?」
「そう。あれから作られた」
 少女は嵐が大黒柱と思っていた柱を指差した。
「あれが親か……」
「少し、違う。親じゃないの」
「じゃあ、あれも君?」
「……そう……そうかもしれない。……一人でいたの。ずっと一人だった」
 少女は目を伏せる。
「あの泉は?」
「わからない。どうして出来たのか……でも、皆あれを喜んだ」
 すごく美味しい、と少女は付け加えた。だが嵐は、美味しいとは違うだろうと思っている。あの泉は――あの酒は、尋常じゃないほどの生気に満ちていた。常人なら体に影響が出る。――その影響とやらが何なのかは図りかねるが。
「でも」
 声音が低くなった。
「誰も私を見ない。泉を守っていたのは私なのに……私が、私が見守っていたのに……!」
 みしり、と盃が悲鳴をあげ、少女は手の力を緩めた。
「……憲治も、そうだと思っていたの」
 だが違った。
 真実、少女を見極めようとし――そして見出した。精神だけの存在だった少女に、美しい盃という姿を与えた。
「自分が段々磨き上げられていくのがわかった」
 そして、それが誇らしかった。
 変わるのだ、と。

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