更にぶつけた衝撃で花瓶まで倒れ、中の水から花から全部頭に被り、いい気付となった。
 そのまま悶絶するわけにもいかず、憤然とした表情のまま体を起こす。
 明らかに少女は申し訳なさそうな表情をして歩み寄り、着物の袖で嵐の顔を拭いた。
――むしろ風呂に。
 悪意がないのがわかるため、怒る気にもならない。出来るだけ明るい声で申し出る。
「……風呂、わかしてくれるかな」
 少女の動きは迅速だった。といってもガスな為、スイッチ一つで少しすればわきあがる。
 それまで、少女はタオルで嵐の頭から肩から拭き、体を暖めるつもりか酒まで持ってきたが、それは丁重に断った。
 濡れたシャツも乾くからと言って着替えを受け取らず、籠にひっかけ、湯船につかる。まだ後頭部がずきずきと痛んだ。
――あれは我ながら情けない。
 受身の一つでも出来れば良かったのだが、生憎その術を身に付けていなかった。あんなに大きな音をたてて転ぶとは思いもよらない。
――大きな?
 嵐は首を傾げた。尻を打ちつけた時、すさまじく大きな音がし、床も少しばかり揺れた。
――頭をぶつけた時は?
 大きくはない――小さく軽い音だった。
 こん、と。
 あれだけ作りのいい大黒柱を隣に置いて、そんな軽い音で済むだろうか。同じ職人が作ったのならもっと重厚な――ぶつけた当人が言うのも何だが、重みのある音がしてもいいはずだ。
 それなのに、と思う。軽い音になるのは――職人側に事情があったか、年月によるものか――何かがあるか。
「……何かねぇ……」
 怪我の功名とはよく言ったものである。
「確かに……」
 ずきずき痛む後頭部に今は感謝しておこう。一段落したら湿布の一つでも貼りたいところだが。

 風呂から上がり、まだ湿っぽいシャツを羽織って床の間のある部屋に行く。雨は小降りになっていた。
 畳に水の跡がいくつか見受けられるものの、花瓶は直され、今度はニッコウキスゲがいけられている。その花瓶をよけ、床の間を叩いた。
 こん、こん、と軽く奥に響くような音がした。
 逸る気を抑えつつ、床の間を隅から隅まで見回す。
――あった。
 壁側に少し間を置いて二つ、手をかけられるような隙間があった。手をかけ、力を込める。ぴったりとはまっていた床の間の板はびくともせず、動く気配はない。更に力を込め、引き上げるが――駄目だった。
「引いても駄目なら……」
 痛む手を隙間にかけ、力一杯押す、
 すると、ぎし、と音をたて、突然、板が下に向かって外れた。慌てて両腕で踏ん張り、引力に従おうとする板を引き上げた。
 息を飲む。
 ほの暗い穴底は見えず――ただ鮮烈なまでの芳しい香りが、鼻孔をくすぐった。


三章 終り

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