小さな台所だった。一瞬自宅の台所が思い浮かんだが、すぐに振り払う。こちらの台所の方が生活感があって綺麗だ。生活感の無い綺麗さとは違う。シンクは綺麗にふかれ、窓際には一輪、昼顔が置かれている。食器棚の食器も、きちんと整頓されていた。
 落ち着いた空間だった。台所でその人の為人がわかる人間もいるらしいが、もしこの台所を見たら何と言うだろう。
――鬼、とは言わないだろうな。
 いつでも誰かを迎えられる、そんな空間に見える。
「すんません……」
 後ろめたい気にかられつつ、シンク下の戸を開けてみる。糠づけの瓶、調理器具、歪曲した排水管が暗がりに陳列していた。――目的のものは、無い。じゃあ、と立ち上がって動いている気配のない冷蔵庫を開けてみるが――
「……無いよな、やっぱ」
 見事なまでに空っぽだった。やや苛立ちつつ、ばたん、とドアを閉める。次は食器棚、次は床下、と台所内を這い回ったが、どこにも目当てのものはなかった。
「……風呂場か……?」
 風呂場に移動し、脱衣所からバスタブにいたるまで調べていく。――しかしあるはずもなく、のそりと風呂場から立ち去った。期待して探すよりも、期待しないで探す事の方がむなしいことに気付き、結局は元の部屋に戻り、座り込む。
「そもそも、普通とは違うんだよな、ここ」
 今更ながらに思い、激しく後悔した。そうと気付けば無駄な労力をさく必要がなかったものを。
――じゃあ、どうする。
 問うてみたところでわかるわけがない。堂々巡りをした挙げ句、結局は元のところに立ち戻っただけだった。
――庭でも掘るか。
 死体でも出たらちょっとまずいな、などと考え、ふとあることを思い出した。
――殺人が、あったんだよ。
 四人分の死体があるというなら、これぐらいの敷地があれば場所に困らないだろう。庭だろうが床下だろうが――よりどりみどりという言葉は不適切だろうか。
 急に、不安になった。背筋をうすら寒いものが這い上がってくる。本当に気温が下がった様に感じ、右手で左腕をおさえる。
――何だか、迷い込んでないか。
 自称他称そう頭の回転の早い方では無いが、いつもより判断力が鈍っている。
 もてなしの連続にうかれ、冷静な判断が出来なかった。
――だからって焦りは禁物だ。
 時間はかかっても――いや、出来るだけ早く見つけ出し、ここを去る必要がある。
 ぜんは急げとばかりに立ち上がった時、突然、手首を掴まれた。
「うあっ!!」
 突然すぎて驚き足を滑らせる。踏ん張ろうとしたが無駄だった。どすん、と尻をしたたかに打ちつけ、ついでとばかりに頭も床の間にこん、とぶつける。
「いってぇ……!」

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