そもそも、ここに来ることが危険だということを、あの老人は承知済みだったのだろうか。それであのシャツが必要だと。
――だとしたら随分な確信犯だ。
 はめられたか、とも思ったが、自分にそれだけの価値があるとも思えず却下する。
 何をしたいのか、依頼の意味が何なのか。活路を見出そうとして――嵐は結局迷い込んだ。
 ややのぼせ気味に、ふらふらと現れた嵐を、少女は不思議そうに見やった。
「……このシャツ好きなんだ」
 着替にと渡された着物を片手に、最初に通された部屋に行く。縁側の障子の向こうからは、小さく雨音が響いていた。
「開けていい?」
 少女は頷く。滑らかに障子を滑らせると、雨音は途端に大きくなった。
「こりゃやまねえな……」
 土砂降りの雨を前に難しい顔をしていると、いい匂いがした。久々にかぐ温かい匂い。
――少女は確かに、嵐の頼み通りの事をした。腹が減っているという言葉の通りに。
 漆塗りの膳の上では麦ご飯と味噌汁が湯気をたて、ほうれん草のおひたしや糠付け胡瓜の色が鮮やかだった。別の膳には野菜の煮物と焼き魚が美味そうな香りを発している。腹は正直だった。
「こんなに?」
 飯櫃を抱えた少女は頷く。ここまで優遇される仕事も珍しい。
――自身の生活より贅沢かもしれない。
 食事を目の前に、あぐらをかいて、そう思う。あまりの豪勢さに、どこから手をつけていいかわからないでいると、すい、と少女が茶碗をさしだした。手にとると、今度は銚子を出す。
「酒?」
 少女は銚子を傾け、透明な液体を茶碗に注いだ。途端に、芳醇な香りが鼻をつく。少女に飲むよう促され、一気にあおいだ。
――目が覚める。
 五臓六腑に染み渡るとはこう言うのだろうか。飲んだ途端、体の内側から震え立った。
「うまいなぁ、これ」
 満足そうな嵐の笑顔につられるようにして、少女も笑う。そして、更に注ごうとする少女に対し、嵐は茶碗を手で塞いだ。
「ごめん、弱いんだ。また次に頼む」
 ふ、と少女は顔から表情をなくした。気を悪くしたかな、と少し申し訳なく思い、努めて明るい声で言う。
「これ一人で? 凄いな」
 芋の煮物を口に運ぶ。決して濃い味ではないが、しっかりとした味が口に広がった。
「美味いよ」
 ぱっと少女は微笑む。華が咲いたような美しさがあった。少女と外を眺める。雨は止みそうになかった。


二章 終り

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