人の居ない家は朽ちると言うが正にそれを体現したような家だった。
立派だったであろう門は傾いて瓦が崩れ落ち、草木は伸びるに任されていた。家を支えていたであろう柱も所々腐りかけ、見るも無惨な姿をさらけだしている。傾いた門にかけられている表札もかろうじてぶらさがっている状態で、うっすら「海山」という字が読み取れた。
「一つ質問するけどね」
背後で天狗は腕を組む。
「お前は鬼が居るのはこの家だって知ってたんじゃないの」
嵐は思わず肩をすくめた。事の成り行きはいたっておかしい。
天狗は半日かかると言った家を海山の家だとは一言も言ってない。
――しくじった。
鬼が出る家などそうそう無いと思い、天狗に巧いこと喋らせ、あわよくば道も教えてもらう魂胆だった。
彼等は与えたものに応じたものを、相手から貰おうとする。先刻言った「良いものをやる」というのは誘い文句で、実際くれてやるようなものは無い。
だが天狗は見事ひっかかった。――ここまでは良かった。
しかしこの先踏むべき段階をすっ飛ばし、自分自身で墓穴を掘り今に至る。
心の内で激しく動揺しながら嵐は立ち上がり、土をはたいた。
「海山の家に鬼がいるってのは、さっき聞いたばかりだ」
「その家とおれが言ってる家が同じだと知っていたね?」
「……そこまで聡くない」
「嘘だね。何も無しに案内させようとしただろう」
「お前達は事ある毎にものを要求しすぎる」
「それがおれ達の性分さ。知らない筈はない」
「知ってる。それで辛い思いをする人だっている」
「分不相応なものを願うからさ。……お前はその点では利口そうに見えたけどね。悪知恵が働く」
「……ありがとよ」
「だが失敗だ。天狗に嘘はつけない。千里の目は心も見透かす。今はどうやってこの場で優位に立つか考え中か」
己の浅はかさをも見透かされた気がした。にやりと天狗は笑う。
「じゃあこうしよう。お前が鬼を何とかしたら許してやる。それまでは家から一歩も出るな。出たらおれの餌になれ」
反論を試みるが無駄だった。どう考えてもこちらに非がある。
「……わかったよ」
元々この家に用があっただけに、断る理由もない。そこにちょっとした命の危険が加わるだけだ――と、前向きな考えをしてみたが、どうにも腹がキリキリと痛んだ。
素直に従う嵐を天狗は不思議そうに見やった。
「変な奴。人間はここで、もっと抵抗するんだぞ」
「する意味がない。それにどう考えたってこっちが悪い」
天狗は目を丸くする。
「死ぬ死なないの話にまで発展して……ったく、腹がいてぇ……」
「そう思うなら最初から、まともにやれば良かったのに」
家に向かいだした嵐は振り返り笑った。
「妖怪がまともとか言うなよ」
それに、と続ける。
「金欠でやれる物が無い」
一章 終り
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