それで、と言葉を次ぎながら大きなマグカップとティーポットを出し、それぞれにお湯を注いで温める。
「蘇芳に白羽の矢が立った。したらまあ、甲斐甲斐しいを通り越して病気かと思ったね。寿命間近だってことは素人のあたしでもわかるのに、老木の為にわざわざ肥料を開発して、台風が来るとなりゃ枝が折れないように支えを一昼夜かけて造る……それも全部の木にだよ」
 大仰に話しつつも手は動き、今度は棚から茶筒を出している。
「でもまあ、寿命には逆らえなくてね。老木が枯れた時には、それぞれの木から涙流しながら枝を一本ずつ取ってね、屋敷の桜の根元に埋めたんだってさ」
 メモを取っていた石本が顔を上げ、槇と顔を見合わせた。
 いくぶん、ひきつった笑みを浮かべて槇が店主に相槌を打つ。
「そりゃまた……ご苦労なことで」
 気の利いた言い回しを期待したわけではないが、これ以上に言う言葉はないだろうと嵐は頷かざるを得なかった。
 病気、という店主の言には納得するしかない。
 ポットのお湯をマグカップへ移し、空になったポットへ茶筒から緑茶の葉を入れる。てっきり紅茶を入れるものだと思っていた嵐は、店主の手を注視しながら尋ねた。
「それは、元々そういう気質の人だったんですか」
「いや」
 短く否定してマグカップのお湯をポットに戻す。
「あたしが記憶してる限りじゃ、そういうお方には見えなかったねえ。……というか庭師を継いだってこと自体が、親戚連中の間でも驚きだったんだから」
「それはあれか、父親への反抗のような」
 ようやく自分の調子を取り戻した槇が口を挟む。これだろうと見当をつけて勢いよく言い放った。だが、それは店主のまたしても短い否定によって一蹴される。
 これには槇共々、嵐や石本も驚いた。
「後から聞いたんだが、小五郎さんは外交官になりたかったんだよ。庭師じゃなくてね。まあ、広い意味で言えば当主への反抗だったのかもしれないけど、猛勉強されたらしくてねえ。それが当主の死に際に、庭師を継ぐって言うじゃないか。てっきり、蘇芳はこれで終わりと思って次期当主を狙ってた分家連中は驚くどころじゃなかっただろうね」
 何事にも父親の束縛がついて回った家で生きてきたのなら、家を出たい、しかもそれまで得られなかった自由の中で広い世界を見たいと思うのは道理であろう。父親が亡くなれば、不謹慎ではあるが機会に恵まれたと喜びこそすれ、嫌った父親の次代を担おうとは普通なら思わない。
 嵐にも考えの及ばぬ心境の変化があったか、それとも「普通」とは違った人間だったのか。
 桜への異常な愛着を店主から聞いた手前、真正面から小五郎の人となりを知ろうとするのは無駄に思えてしまう。
 ほんのり緑茶の落ち着いた香りが漂い始め、店主がポットからマグカップへ注いでいるところに嵐は尋ねる。

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