「……どちらも生前、あの屋敷に訪れているんです。職種も性別も交友関係も全く繋がりの無い二人の唯一の共通点があの屋敷です」
「それは客としてですか」
「いえ、仕事です」
 言って、コーヒーで喉を潤す。
「最初の被害者が高洲俊一。ガス会社勤務で、屋敷へはガス管の点検に訪れています。二人目が宮古綾。ええと何でしたっけ、花を扱う……」
「フラワーアレンジメント」
「それです。……何で槇さんが知ってるんですか」
「一緒に捜査しただろうが。オレを何だと思ってるんだよ、お前」
 いいから続き、と渋面の石本に促す。
「そのフラワーアレンジメントを職業としてる方で、屋敷には花の配達と飾りつけに出向いています。これ以外に何ら関係性が見出せないから、一応来たんですけどね。実際、通り魔の線が濃いんですよ、今の所。不審者を見たという話もあるし」
 手帳から顔を上げて天井を仰ぐ。それから顔を下ろして、目頭を揉み解しながら言葉を続けた。
「殺害現場はそう離れていません。隣町程度で歩いて回れる距離ですから。だから捜査本部では通り魔であたりをつけてるのに槇さんは……」
「屋敷が臭い」
 パフェをたいらげてご満悦の表情で石本の言葉を継ぐ。それを聞いた石本はうんざりとした表情でサンドイッチに手を伸ばした。何も言わないことから、もう何回も交わされたやりとりなのだろう。
「何の関係性もない二人の唯一の共通点だぞ。見逃す馬鹿があるか」
「その馬鹿がうちの署長だってこと忘れないで下さいね」
「前から言ってるだろ。頭を使え、頭を」
 言葉はいい加減だが、その口調に変化を見た嵐は初めてまともに槇の話へ耳を傾けた。
「二つの殺害現場を中心にして歩き回れる範囲内に桜の木がどれだけあると思う。住宅事情でばかすか木が切られてる世の中だぞ、地図見ただけでも公園が少ないのはわかるだろ」
 それに、と言って深く座りなおし、腕組みをする。
「この暖かさだ。場所によっちゃ桜なんてとっくに盛りを過ぎてる。なのに、わざわざ咲いてる場所を探して通り魔する奴あ、ただの馬鹿か自己陶酔野郎だ。……つうか、忘れたのか、お前」
 サンドイッチをくわえたまま槇の言に聞き入っていた石本に視線を向ける。
「旧蘇芳邸は桜守で有名だって、ここいらの爺婆が口揃えて言ってたじゃねえか」
「……あ」
 間抜けな声を発して石本はぽかんと口を開ける。嵐は状況が掴めず、怪訝そうな顔で槇に聞いた。
「何ですか、それ」
「その観桜会の招待状な、あながち間違ってもいねえんだよ。元々蘇芳は庭師の一家でな、中でも屋敷の庭に桜が植わってる所為もあるだろうが、桜には格別の思い入れがあったそうだ。使用人が誤って桜の樹皮を傷つけようもんなら、もうクビ」
「……へえ」
「ま、徹底してたんだ、桜に関しては。だからか桜にかけては蘇芳の右に出るもんはいなかったんだとよ」
「桜守の蘇芳つったら有名だよ、ここらじゃ」
 槇の言葉を補うように新たな声が会話に加わる。ぎょっとした三人は顔を突き合わせ、その声の主の方を振り返った。
 見れば、それまで新聞を広げていた喫茶店の店主が新聞から顔を上げてこちらを見ている。のんびりと事件の概要を話していた時とは打って変わって、刑事の表情になった二人を認めて、店主は慌てて付け足した。
「別に聞き耳をたててたわけじゃないさ。ただ蘇芳って聞こえたもんだから」
 後半では口をもごもごとさせて何を言っているのかもわからない。そんなに厳しい顔をしていたか、と槇は顔の筋肉を緩めて問うた。
「何か知ってるかい」
「知ってるも何も」
 言いながら新聞を畳む。
「その蘇芳はあたしの遠縁にあたるんだから」


一章 終り

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