「その辺に立てかけておきなさいな。あんたにも子供じみた部分はまだ残ってたのねえ」
「私、お夕飯の支度するから、お父さんの様子見てきてくれる?」
「ああ、まだ書斎にこもってるのかね……」
 なんとなく不本意な納得の仕方をされたような気もするが、理由を話したところで頭を疑われるのがオチである。幽霊、妖怪ならまだしも、小さな黒子を見たとはさすがに嵐も説明しづらい。
 縁側の横にたてかけると、時折、風に揺れて笹の葉と糸が並んで揺れた。
 既に日が暮れて、あたりには夜が舞い降りる。黒子が言っていた催涙雨というのは、織姫と彦星の一年に一度の逢瀬を邪魔する雨のことを言うのだったか、と今になって思い出した。
 空を仰ぐと雲一つない夜空が広がるが、街中ともあって星の数は少ない。街の光の少ない所へ行けば、天の川の影くらいは見えただろうか、と思っていると、段々と暗くなっていく夜空の真ん中でぼんやりと光るものが浮かび上がるのだった。
 何か、と目を凝らして見る内に、それは段々と形を成して、嵐はわずかに顔をほころばせる。
 小さな星々、あるいは銀河の集合体が多種多様な光を放ちながら、一つの帯となって夜空を横断している。目を凝らせば凝らすほど、天の川を構成する星は光を強くするようで、ともすれば飲み込まれそうなほどの荘厳さだった。川とは言うが、輝く砂が零れ落ちた川の底を覗いているようでもある。手を伸ばせば空からさらさらと落ちてきそうな、そんな輝きの強さがあった。
「……へえ、珍しい」
 書斎からやっと出て来た父親が、縁側から顔を出して見上げる。
 街中でこれほどの天の川を目にすることは出来ない。星は街の光に負けてしまうからだった。
 しきりに雨を気にしていた黒子たちのお勤めとは、橋渡しのことなのだろう。雨が降ってしまうと、天の川は増水して橋を渡せなくなるのだ。だから、なんとしてでも、晴れた時には橋を渡さねばならない。確か、ここ数年の七夕はいつも天気が悪かったことを思い出す。
──なるほど、それは晴れ舞台だ。
 主さまとやらに申し伝えた結果がこれならば、織姫と彦星を分けた性格もいちがいに意地悪とは言えないだろう。
 嵐は満足げに息をついた。



天にとどく 終わり

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