それは風を切る音──しかも虫や鳥、更には人が作り出した鉄の塊ですら出せないような、大きく、それでいて澄んだ音だった。ひゅう、という音の後に鉱石が割れるような音が響き、それがあちらこちらに蛇行しているのが、音の強弱でわかる。しかも、と天狗は広げていた感覚を閉じ、天を仰いだ。その音が現実にもこちらへ近づいてきている。
──何だ?
 山でも聞いたことのない音だった。音は不規則な調子で鳴り響き、それが段々と雨音の向こうで透かし聞くことが出来るようになっていた。
 正体を吟味した方がいいか、と思い、再び感覚を広げたが、その先で待ち構えていた事に天狗は驚いて、思わず手を木から離す。そうして数秒置いてもう一度試してみたが、結果は先刻と同じことだった。
 何も見聞き出来なくなってしまった。
 あれほど聞こえていた声や、見えていた動きが一切の動作を止めて静まり返っている。だが、その場から消失したための静寂というより、息を潜めて何かを待つが故の静寂のようだった。
「……あれを……?」
 音は耳を澄ませなくとも聞こえる範囲にまで近づいている。
 天狗は少しだけ、身を引いた。ここで出て行って正体を確かめるか、しかし何もわからない上に、自分の力では太刀打ち出来ない可能性もある。誰もが黙りこくった状態では手伝えとも言えない。
「……ああもう、何でおれがこんなことで」
 頭をかき、決心をつけるつもりで再び空を仰いだ時だった。ひときわ高く澄んだ音がしたと思いきや、ひゅん、という落下音と共に天狗の顔へ黒い影が落とされる。
「え?」
 それが何かという斟酌をする間も与えず、天狗は顔面で影の正体を受け止め、そこで初めてそれが何であるかということを知らされた。
 漬け物石にでも使えそうな大きさの石は、なかなかの衝撃と痛みを与えて天狗を気絶に至らしめたのである。


──どこへ行った。わたしの大事な大事な……どこへ、どこへ、どこへ……


+++++


 未だに鼻がずきずきする。顔面で石を受け取った割には、この程度の鼻血で済んで良かったと思うべきか、それとも間抜けを晒したと恥ずかしく思うべきか。多分、これは後者だ、と、部屋の入口から興味深げにこちらを見る嵐を睨みつけて、天狗は何個めかのティッシュの塊を屑籠に投げ入れた。

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