雨は強くもなく、弱くもなく降り続くばかりである。まんじりとしない思いで眺め続けていた時、ぽと、と大粒の雨が天狗の頭を叩いた。木の葉からの雫かと構わないでいると、続いてぽとぽとと大粒の雨が天狗の手を叩く。それでも構わないでいると、途端に、それまで銀糸のようだった雨粒が礫となって、一気に地上へ降り注いだ。変化のなかった風景に轟音と雨の衝撃を与え、大粒の雨は木にまぎれて雨宿りする天狗の体までも叩く。
 天狗は目を丸くし、手の上に置いていた頬を浮かせた。
──気付かなかった。
 雨の変化に全く気付けなかった。天狗が感知出来ない範囲で雨が変化している。
 大きな雨粒に顔をしかめながらも、これ以上、訳のわからない現象に雨を任せておくのは腹に据えかねるものがあった。濡れるのも構わず、天狗は立ち上がって身を乗り出し、目を凝らす。
 雨でけぶるだけだった街並みは、轟音と大きな雨粒で閉ざされ、今やその輪郭を辿るだけで精一杯だった。それでも、自分の知らない所で知らない何かが動いていることへの憤りが天狗の中にはあり、そう簡単には諦めてたまるかという意識があった。それは山を治めていた時の感覚に似ていた。
 最大限、神経を研ぎ澄まし、広げられる感覚は全て広げておく。自然物を通じて拾える情報は全て拾えるよう、手の平は木の幹にぴったりとつけていた。これで鬼が出るか蛇が出るか、どちらにしても嫌だなと思いつつも、滝壷にいるような錯覚を起こさせる雨音が、尻込みする心を現実へ呼び寄せる。
 広げた感覚は人や人ならざる者の動きを見せ、自然物は彼ら独自の言葉でこの雨を語っていた。囁くような声が幾重にも重なり、遠くの音から近くの音まで様々な音量で耳を塞ぐ。じっと、その全てを見聞きしながら目的の物を探すのは至難の業だった。山を離れてこんなことをするのは初めてだし、そもそも、目的の物の見当もついていないのだから、探すといっても、ここ数日の変異の足跡を辿るぐらいのものである。
 雨を愚痴る声、いぶかしむ声、中には大はしゃぎで喜んでいる声もあったが、ほとんどはこの雨を不思議に思う声ばかりであった。
 天狗は横目で、雨の中に沈む風景を見る。もう少し範囲を広げてみようか、と考えた瞬間、あらゆる声を退けたものがあった。

- 283/323 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -