明良は申し訳なさそうにするでもなく、けらけらと笑って嵐を見た。
「だってこれ、商店街のあそこのだろ、八百屋の隣。美味しいんだけど結構いい値段するからさあ」
 これ幸いとばかりに食べたというわけか。自分の分まで出さなくて良かったと安堵しながら盆を持って縁側に上がる。
 その後姿に慌てて狐々が声をかけた。
「そういえば、あの子供らはどうしたのだ。仲違いは元通りになったのだろう」
 場を取り繕うような慌てぶりで話しかけられ、やや胡散臭そうにしながらも嘆息混じりに嵐は言う。
「武文は学校行ってるし、笹山は快方に向かってるらしい。武文も見舞いに行ってるみたいだな」
 そうか、と言って狐々は少し嬉しそうに笑った。その髪をほんの少し暖かくなった風が揺らす。空は冬の様相を呈しているが、今日は珍しく庭木を揺らす風が暖かかった。冬はまだ続くだろうに、春を恋しく思わせる。
 狐々に小さく笑ってみせて「良かったな」と言うと、嵐は次の大福を出すべく台所へ足を向けた。家族は皆、出払っていて台所は閑散としている。いつもは母親や祖母のどちらかがいて賑やかなものが、いないとなるとこうも寒々しく感じるものかと思った。
 テーブルの上に置いた箱を開けていくつか盆に乗せ、今度は三人分のお茶を入れる。我ながら無礼な客に対して甲斐甲斐しいものだとは思うが、邪険に扱う理由もない。湯飲みから漂う緑茶の芳香が気持ちを落ち着けるのを手伝った。
「──おおい」
 三つの湯飲みを盆に乗せた嵐の手を、しゃがれた声が止める。声の主はわかっていた。もともと、大福はこの声の主の為に買ってきたのである。台所の隅にある裏口のドアから生暖かい風が吹き寄せて急かした。
 恐らく、この件の真相を誰よりも早く察知していたのは彼だろう。笹山という得体の知れない力に危険を感じ、だから普段、縄張りとしている裏口からあのように表へ移動していたのだ。
 その危険もなくなった今、素早いことに裏口に戻ってああして詫びを急かしているわけだが。
──そういうことだけは覚えてるんだよな。
 しかし、今日は大目に見るつもりだった。冬だというのに暖かい気候も手伝っているが、何よりも今回の件が無事に済んだことが一番である。当初、呪詛と見当づけていたものだから、誰かが傷つくのは必至と考えていたのだ。

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