「大事無い。ちゃんと姫様の下にお連れした」
「姫?」
 明良の耳がぴくりと動く。その様子が気に食わないのか、狐々は肩をいからせて明良に向かって前のめりになった。
「そうだ、妖狐の一族の大事な大事な姫様だ! お前には到底、手の届かぬお方だぞ!」
──それが明良につっかかる理由か。
 言葉の端々に明良への怒気がこもっている。そうしたところでこの男には何ら効果はない。逆に狐々の反応を面白がってる節がある為、注意してやろうかとも思ったが、目の前での自由奔放な振る舞いを見て、胸の内に秘めておくことにした。そうする理由の一つに、どうも狐々は自分のことも目の敵にしてるのではないかという予感があったからだ。
 いつだか、多聞寺の前で見かけた時はいくらか友好的には思えたのだが。
 半ばうんざりしつつ、話の軌道を戻す。
「……塚の主を取り戻しに来たのは何でだ?」
「仲間だからだ。当然だろう」
 即答して、どうしてそんなことを聞く、とでも言いたげに嵐を見る。
「一人、あのように寂れた場所で埋葬されては忍びない。仲間の下に帰すのが道理だ。違うか?」
 大きな目で見つめられて、嵐は苦笑した。それが上手く出来ずに悩む人間もいるというのに、当たり前のようにやりおおせてしまうのは彼女達の才覚の一つだろう。確かに、そんなことが出来る彼女らにすれば人間は面倒な生き物だ。
 くすりと笑った嵐に面食らったのか、狐々は二の句を告げずに顔を俯かせた。急に大人しくなった相手を覗き込み、赤くなった耳を見た明良はにんまりと笑って嵐を仰ぐ。
「へーえ。ふうん」
「気色悪いな。嫌うぞ」
 あからさまに嫌そうな顔をしてみせる嵐に明良は食い下がる。
「何だよ、少しは男としての株上げたじゃねえかって誉めてやったんだろ」
「……言葉で言えよ」
「目で語るんだぜ」
「語らんでいい。……ばかすか飲み食いしやがって」
 嵐は碁盤の隣に視線を落とす。二人が訪れて碁盤を挟んでからそう時間は経っていないというのに、盆の上に乗っていた大福とお茶はすっかり二人の腹に納められていた。お茶はともかく、大福に関してはかなりの量を出したと記憶していたが、遠慮や謙遜という言葉がないのだろうかと疑いたくなる。宮森の家から謝礼として受け取ったお金で買った物なだけに、余計に複雑な気分になった。
 無論、謝礼を受け取ったことを二人には言っていないのだから、それを盾にすることも出来ないのだが。言えば言ったで、何を請求されるかわかったものではない。特に明良の家は障子を吹っ飛ばされたという大義名分がある。それも、今まで面倒事を無償で請け負ったという嵐の主張で帳消しとなったのだから、余計な事は言うまい。

- 176/323 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -