どうやら向こうで大幅な解釈の改変が行われたようで、自分の発言が間違っていなかったことにほっとしつつ嵐はちゃっかり一升瓶の半分を空けていた。目の前にこれだけ並んでいて手を出さずにいられようか。
 それでも、清明な意識は来るであろう客を待っていた。
「……おい、明良」
 その時、掛け声と共に縁側の障子が開けられた。途端に冷え込んだ空気が入り込み、一気に体の火照りが引いていく。
 障子を開けたのは明良の父親であり、多門寺の住職である法昇で、形のよい頭を息子とは違って剃ってある。仁兵衛姿でも威厳は失われず、あらゆる意味で豪気な性格の持ち主だ。長い付き合いでそれを知っている嵐は、ひそかに一目を置く傍ら、出来るだけ関わりたくない人物の一人に数えている。
 職業柄、法昇が関わるものは良くないものが多く、加えてさすが明良の父親と言うべきか、それをこれ幸いとばかりに嵐に押し付けることもあった。こっちはいい迷惑なのだが、あの豪気さというか精神力というか、そういったものに負けて泣く泣く押し付けられることが殆どである。人柄は良いのだが。
 挨拶する嵐と丁ににっこり笑って返し、背後を振り返る。
「用があるって言うんだが、知り合いかね」
 法昇の手に促されて髪を短く切った少年が進み出る。明良と丁の二人が返答に窮して見つめている中、嵐はようやく人心地ついた気分で息を吐いた。
「武文だな」
 少年──武文ははっとしたように嵐の顔を凝視し、ようやく声を出した。
「……おれ、来たからね」
 小さく笑って武文を手招きし、嵐と明良の間に収まったところで立ち上がって法昇に向かう。
「すみません、今日は突然」
「なに、構わんさ。いつも世話になってるしな」
──一応自覚はあったのか。
 明良とは大違いだなと内心嘆息し、言う。
「今日は他にも客が来ると思いますが、応対はこっちでするんで。住職はゆっくり寝ていて下さい」
「何だ、のけ者か。つまらん」
「住職がいたら逃げてしまいます。それじゃ困るんですよ」
「……しかしまあ、あのお嬢さんがいるなら事も起きんだろう。ありがたくそうさせてもらうよ」
 他の三人に会釈し、法昇は暗い縁側を自室に向かって歩いていった。
 さすがに力は本物のようだ。丁の正体を見破ったわけではないようだが、彼女の力は嵐以上にわかるようである。炬燵に戻った嵐をすっかり毒気の抜かれた顔で丁が迎える。

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