でも、駄目だった。
 あの時の自分はどうしようもなく腹が立っていた──。
「……馬鹿」
 既に武文の体を進める足は全力疾走の態をとっていた。およそ半年振りに走る体にはきついことこの上なく、すぐさま息が切れる。
 荒い息は空にほの白い空間を作っては消える。背中に浮かぶ汗は出たそばから空気に冷やされていった。一年ぶりに袖を通したコートは今の武文の体にはとても重い。半年前の空気の重さの比ではなかった。
──あいつは、どうだったんだろう。
 武文は胸が潰されそうなくらい悲しかった。自分の行為も、笹山が屋上から落ちたと知った時も、笹山が窓の外に現れた時も。その悲しみさえも一人よがりな感が否めない。
 しかし笹山は、実際に押し潰されてしまったのだ。
 彼を押し潰した重さの半分でも、武文は知るべきだった。
「……おれの馬鹿……!」
 何で、あいつはおれを罵倒しなかったんだろう。してくれたら良かったのに、という思いも独りよがりな後悔の一部分である。
 武文は夜の道を走る。



「……何で酒盛り」
 嵐は炬燵に足を突っ込んで、既に出来上がりつつある丁を横目に睨む。
「忙しいところをこうしてわざわざ来てやったのよ。風邪ひきそうだから止めておこうかなーとまで思ったのに」
「だったらさっさと寝てろよ酔っ払い」
「呼んだのお前だろ、そりゃひどいって」
「ひどいって……」
 丁のコップに日本酒を注いで明良は嵐を非難する。これでは自分が悪者ではないか。
 確かに、真琴の家から明良と丁に電話したのは嵐である。明良には多門寺に行くのでよろしくとだけ、丁にはただ居るだけでいいからと言ったのみで、何も酒盛りをするから各自酒と肴を用意して準備万端で待っていろとは言っていない。
 それをどこでどう解釈を間違えたのか、嵐が三つ氏から多門寺へ来てみれば、炬燵の上ではかに鍋がいい匂いをたて、どこで仕入れたのかわからないイカの沖漬けが既に半分ほどなくなっていた。更には空になったものも含めて一升瓶が四本鎮座しており、その内の二本目を明良と丁が空けようというところだった。
「俺、何か言い方間違ったか」
「いやあ? どうせ集まるんだから、まあいっかと思って。……ていうか、愚痴こぼすなら呑むなよお前」
「あるなら呑む」

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