有無を言わさぬ物言いに根負けし、笹山は答えた。
「……入院している。夏に学校の屋上から落ちて、それからだ。死んでるって噂でも聞いたのかね」
「入院? 事故ですか」
「事故だ。学校には連絡しているがね、生徒には教えないでくれと言ってある。……いじめられていたようなのは本当だ。だから生徒には言わないでもらいたいんだよ。変に気にされて退院した時のことを思うと、正直気分が重い」
 苦々しいものを噛み潰したように続ける。
「自殺じゃなく事故なんだ、本当に。屋上には簡単に入れんようになってるようだが、本人も事故だと言い張っている。……これを元気とは言わんだろうな」
 そうですね、と嵐は微かな虚脱感を感じ始めていた。
 皆が皆、そうしたかったわけじゃなかったのだ。個々が抱いた小さな影が、思わぬ力で大きく成長してしまったのだろう。それは彼らの意志に関わりのないことである。
──だから、今も苦しんでいるのか。
 彼らの与り知らぬところで事態は進行していた。否、もしくはわかっていたのかもしれないが、それは彼らの予想を遥かに越えることだったのである。
──どうしようもないことだったんだ。
 あちら側に関わるのは、そういうことだ。
「もう一つ、頼んでもいいですか」
「……社の中身だろう」
 溜め息と共に吐き出す。嵐を脇に押しのけて扉に手をかける姿は、憑き物が落ちたようだった。古めかしい鍵は既に鍵としての機能を失っており、呆気なく外れる。
「いいんですか」
「いいさ。……もういいだろう」
 半ば自分に言い聞かせるようにして呟くと、嵐を振り返る。
 年月と共に降り積もった埃を撒き散らして、笹山の手によって社の扉は開かれた。暗闇の蹲る内部からは止まった時間を吐き出すかのように、むせ返るようなかび臭さと埃が鼻をついた。
「な……」
 笹山も思わず声を上げる。どこかでこんな光景を予想していた嵐は、そうかと得心がいくのを覚えた。
 暗い社の中で氏神のご神体となるそれは、黒いマジックで神の名を潰されていた。


六章 終り

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