「……あんたが言ってるまじないは、多分おれが大本だ」
「それを誰かに言ったりは?」
「していない。だから驚いている。言ったとしても親父に言った……」
 言いかけて、はっとしてようにまさか、と呟く。あまりに早く呟かれた言葉に嵐が聞き返すと、笹山は気まずそうに嵐を見た。
「……息子かもしれん」
 笹山の脳裏に薄暗い和室が浮かぶ。
 眩しいからと窓の障子を閉め、電気も消した和室に不似合いな介護用ベッドが鎮座する。ベッドの足元には折りたたみ式の車椅子が用意され、僅かに上体を起こした老人が目を閉じる脇には使う予定もない杖が置いてあった。倒れてから後、退院して家に戻った時にリハビリにと買った物だ。
 初めは周りも心配するくらいのリハビリを自分に課していた父親も、月日が過ぎても一向にままならない肢体に真実を知ったのだろう。それ以来、ベッドの脇から動くことのない杖は所在なさげに笹山を見上げる。
 意識清明なのが救いと言うべきなのだろうか。それでも、笹山は自身の所業について、眠った父親に話す以外で口にしたことはない。目を覚ましている時の父親に話した時、その目がどんな色を帯びるのか恐ろしくて堪らなかった。
 その日も、笹山は眠った頃合を見計らってベッドの脇に座った。椅子を引き寄せる気力もない。いつもこうして項垂れて、ベッドのフレームと骨ばった父親の手を見ながら懺悔する。
──おれが、あんな紙を埋めたからだ。
 あんな、と繰り返す。そこに嗚咽がもれた。
──おれの名前を書くべきだった。最初から、おれの名前を書くべきだったんだ。
 その時だろう。背後で薄く開いた襖の向こうで、息子が耳を澄ませていたのは。
「ここには入るなと言っているから、おれの言葉とそれで勘付いたのか、もしかしたら」
 落ち着かない風に言う笹山に、嵐は少し焦りながら言葉を紡ぐ。着々と日は暮れていた。時間がない。
「失礼ですが、息子さんは中学生で、いじめにあっていたりしませんでしたか」
 笹山は絶句して嵐の顔を見る。
「失礼なのを承知して聞いています。息子さんは今、元気なんですか?」
「あんた、失礼にも程が……!」
 見る見る内に顔を赤くして立ち上がる笹山につられて立ち上がり、嵐は焦りを抑えた口調で続ける。
「だから、承知で聞いています。大事なことです、答えて下さい」

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