後半は武文に向かって言う。相変わらずの無反応だが、聞いているであろうことは確信を持てた。来るかどうかは彼次第だが、と溜め息と共に陰鬱な気分を吐き出すと、嵐は毛布を畳みながら真琴に尋ねた。
「弟ってどこの学校?」
「うちらと同じだけど」
 なら、三つ氏のまじないが広がっている範囲と考えていいだろう。
 笹山という少年がどんな人間なのかは皆目検討つかないが、「あいつ」を放つほどの潜在的な力があるとは思えない。えてして、そういった異能はいじめの対象になりやすいものだが、異能を裏付けるような噂話も近所からは漏れ聞いていなかった。そんな話があれば三つ氏の話をした際に、井戸端会議の常連と化している明良から話があったはずだ。それもない、ごく普通の子供なのだろう。
──春、か。
 武文が元気に走り回り、学校へ行かなくなったのは夏の初め。三つ氏の怪しげなまじないが子供たちの間で流行りだしたのは、春。
 小さな時期の前後はあれど、手元にある情報は春頃に何かあったことを示唆している。
 春といえば新しい生活、新しい学年、新しい友達を迎える季節だろう。そう言ったところで「新しい友達」などとはついぞ縁のなかった嵐だが、そこに潜む期待と不安と、そして現実があることぐらいは嵐とて知っていることだ。
 笹山という少年は、おそらくその現実に当たってしまったのだろう。彼自身も知らない間に、そして彼を取り巻く環境すら意識しないままに、ごく普通の子供の心は現実に押し潰されていったのかもしれない。
 潰された心に、三つ氏はどういう形で目に映ったのだろう。鬼だろうか、それとも神なのだろうか。
 あくまで推測の域を出ない考えを確かめるには、もう一度行く必要がある。必要があっても出来れば行きたくない所なのだが、怖気づく心にはこの際我慢してもらうしかあるまい。
 まったく、厄介な仕事を持ち込んでくれる、とばかりにジャケットのポケットに手を突っ込むと、記憶にないものが指先に触れた。覚えがないばかりか検討もつかず、おそるおそる手を引き出して見る。すると、細くきらめくものが指の間に踊るのが見えた。
「……猫の毛?」
 少しふてくされたような顔でいた真琴が覗き込んで言う。
 目の近くまで持っていって、「いや」と嵐は答えた。猫の毛を注視したことがないから確証は持てないものの、角度によって色合いの変わる金色に、しなやかな感触は身近にいる動物のものとは似て非なるものだ。それに独特の獣臭さに混じって、どこか柑橘系の匂いがするのは気のせいだろうか。
 もう一度、その手触りを確かめようと指をすり合わせながら嵐は記憶を掘り返す。
──どこかで。
 ふと、掘り返した記憶の中に金色が翻った。あまり良いとは言えない予感が首をもたげ、嵐はどんより落ち込む気持ちを抱えて金色の毛をポケットに戻しながら真琴を振り返る。
「電話、借りていいか」


五章 終り

- 152/323 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -