肩をすくめて身震いし、嵐は毛布を手繰り寄せてドアに近づいた。
「何が違う。教えてくれないか」
 また、沈黙が返る。
 必死になって過去に自分がした所業の弁解と、今、目の前にいるのであろう罪悪の具現と戦っているのだろうが、もう限界であろう。
 武文の心も──そして時間も。
 彼の言う「あいつ」がどのような経緯でここに至ったかはわからないが、あまり良くないものであることはドアを通してわかる。気配を凝らすと、ドアの向こうからは武文の怯えたような空気と、それを押し包むようにして空虚な薄暗い感情がとぐろを巻いているのがわかった。
 前回、ここに訪れた時には全くもって感じなかったものである。生憎と嫌なものに関しては動物的に危機感が働くので、気付かなかったで済ますことは出来ないだろう。
 あれからそう日数は経っていない。その間に恐ろしいまでの速さで成長したというのなら、成長の糧となった力は驚くべきものだし、武文に残された時間もわずかと言える。
 戦う心を咎めはしない。しかし、今はそれよりも認める言葉が欲しい。
「さっき、笹山に会った。お前の姉ちゃんが顔を覚えてたよ」
「……何で……」
 乾いた声に驚愕と恐怖が混じる。思わず聞き返した嵐に武文は声を荒げた。
「いるはずない! だって、あいつ、夏に屋上から飛び降りたんだ、死んだんだよ」
 だから、と続けた声が震える。
「だから、今だって窓の外にいるのに……!」
 驚きで目を見開くも、ドアの向こうが見えるわけもない。
 だが、武文に告げられた事実はどこかで嵐も納得していた。記憶を辿って瞼の裏に浮かび上がる笹山という少年の顔、そして空気。一瞬だけだったが、彼の存在そのものに違和感を覚えた自分が、わずかながらいたことは否めない。
──だから、そうか。
 ゆるゆると線が繋がり始める。しかし繋がろうとしたところで、早合点を危惧する声が響いた。もう一度見て、確かめないことにはそうと言い切れない。
「……おい」
「とみ」
 尋ねようと発した声を遮るようにして、真琴が階段を上ってくる。
「いたか」
「いない。……見えないだけかもしれないけど」
 だろうな、と心中で嘆息して嵐は立ち上がった。およそ事態の収束が見えていないのに帰り支度を始める嵐に、真琴が詰め寄る。
「帰るの? 武文は?」
「ここじゃ無理だ。やることもある。……いいか、暗くなる前に多聞寺に来い。絶対にだ」

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