真琴が聞いたのが尾ひれのついた噂であっても、その中心にある「いじめ」という言葉はまず間違っていないだろう。問題は武文がそのどちら側にいたかということになるが、どちらであっても口を割りはしないのは目に見えていた。後ろめたさ、あるいは恥ずかしさから彼は扉を文字通り閉ざしてしまった。腫れ物のように扱う大人への懐疑心もそれを手伝ったのだろう。事実、武文が言葉を交わすのは姉の真琴のみなのだから。
 子供っぽい感情ではあると思う。同時に、懐かしい感情でもあった。
──だが、まあ。
 それだけではないことも、扉の向こうから感じ取れたのは事実である。
「今、とみって何してるの」
 黙りこくった嵐からこの話題の終結を感じたのか、真琴が話を切り出した。そういえば久しぶりに会ったというのに、近況報告もしていなかったか。面倒な慣習ではあるが、そうそう話の上手いタチでもない。
 ありがたく話に乗るとし、反面、あまり現状を報告したくないという心情の板ばさみになりながら、嵐は口を開く。
「……探偵みたいなもん」
 ありとあらゆる語彙を検索した挙句、様々な意味合いを込めて一般人の真琴にもわかりやすいようにした結果がこれである。普段、本を読み漁っているわりには、と泣きたくなるような回答だが、間違ってはいないのだから癪に障る。
 そして案の定、嵐が危惧した通り、真琴は吹き出して笑った。
「とみが? 似合わないなあ。ちゃんと依頼主とコミュニケーション取れてるの?」
 笑いながら問われた内容は的を射ていた。人以外となら否が応でも一応、と心の中で答えて、曖昧に言葉を濁す。
 実は拝み屋もどきの仕事も嫌々やらされているんです、などとのたまったならば正気を疑われかねない。真琴はそういう意味では常識の世界の人間だった。
 一通り笑い終えてすっきりした顔の真琴に、今度は嵐が質問を繰り出す。
「お前は? 大学院行ってるんだっけ」
「そう。ちょっと今日は家帰って、物持って行きたいからさ」
「ああ、家出たのか」
「無理、無理。武文が気になるのもあるけど、今の状態で一人暮らしなんてしたらまともな生活出来ないって。ありがたく両親のご好意に甘えさせてもらっています」
 両手を合わせて拝む仕草をしてみせる。その周りで嵐をからかおうと近づいてきていた雑鬼が一瞬、ひやりとした顔を見せた。なるほど、力はなくても形式だけでそれなりの効力はあるのか。
 それでも気概のある雑鬼は手を伸ばして真琴の髪を引っ張ろうとする。自分に手を出すならまだしも、一緒にいる人間にまで手を出されたらたまったものではない。また自分に関する妙な噂が流れるではないか、と真琴の背中をぽん、と叩いて足を速めた。
「え、何?」
 いきなり叩かれた背中を振り返り、嵐と交互に見比べる。

- 148/323 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -