だが、この本質。年を経てわかるようになったその空気の本質に嵐は眉をひそめた。
──どこかで?
 口許に手をあてて考え込んでいると、突然、うずくまった暗闇を払拭するような声が飛び込んできた。
「……とみ?」
 成長の段階でようやく落ち着きを得たような高い調子の声は、疑わしそうにその単語を口にした。
 そしてその単語は嵐にあまりよくない思い出を呼び起こすのに一役買い、その為に遅れた反応を探るかの如く、声は同じ単語を繰り返す。
「とみ、だよね?」
「……宮森か?」
 嫌な予感を抱えて声のする方に顔を向ける。
 白っぽく明るい外界から、氏神の領域に立ち入ろうかどうしようかと上半身だけ乗り出して嵐の顔を伺い見る女に、図らずも心当たりがあった。
 肩まで伸ばした黒髪に快活そうな顔、年頃の娘らしい服装は記憶にないものだが流行のものを身につけていることぐらいはわかる。それよりも何よりも、嵐のことを「とみ」と呼ぶ輩は後にも先にもただ一人しかいない。
 宮森、と問い質した嵐に女はぱっと顔を輝かせた。
「やっぱりそうだ。私のこと、覚えててくれてた?」
「……いや、今思い出した」
 過去のことも含めてな、と暗に匂わせて言うが、宮森真琴には通じなかったようである。立ち上がった嵐越しに氏神や三つ塚を見て、けらけらと笑った。
「ああやっぱ、こういうとこ平気なのも変わってないねえ。その仏頂面も。すっごい、私一発でわかったよ」
 嬉しそうにはしゃぐ真琴を前に三つ塚の主を問い質すわけにもいかず、小声で小さく詫びて立ち上がった。長い間屈めていた膝が軋み、それだけここで話し込んでいたのかと思うと無駄な時間を過ごしたという感に襲われて仕方がない。結果的には実りのない会話だった。
「ああ、でも男の子ってあれだもんね。成長しても結構、顔が変わらないって。本当、とみ変わってない」
「……そりゃどうも」
 真琴に会ったのは中学校が最後だったように思う。確か、卒業式に二言三言交わしたのを最後に会わなくなったように記憶していた。あの時は面倒事が一つ片付くと心底ほっとしたのを覚えている。それだけ真琴の嵐に対する扱いは可愛がっているの域を越えたものだったが、肝心なその内容をすっかり忘れている自分の頭に敬服した。嫌なことは勢いよく忘れる頭らしい。

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