その努力は尊敬に値するが、どこか別の方向へ向けた方が建設的ではないだろうか。
 しゃがみこんだ膝の上で頬杖をつき、嵐は三つ塚を見据える。
「本当はあまり係わり合いになりたくないんだがな」
「ならば、去れ」
 思いがけず自身の考えと一致する事をしゃがれ声に言われ、嵐は溜め息をぶつけた。
「……まったくもってそうしたいのは山々なんだが」
「ならば、去れ」
 同じ言葉を繰り返す声に後押しされ、思わず暖かい家に帰りたくなる。だが、その衝動を押さえ込み、嵐は半ば面倒になりながら尋ねた。
「あんたはここの者じゃないだろう。主はどうした」
 主、と言いながら斜め後ろの小さな社を示す。
「いたが、いない。だからわたしも出られない」
 しゃがれ声は一定の調子で言葉を返す。何の感情も見られない淡々とした声なものだから、言葉の内容に同調してもいいものか困った。
「いないって、どこぞに出張中ってわけでもないだろう」
 社から感じる気配はおそろしいまでに澄んだ気配だった。精進潔斎した人の身でも、あるいは高等なあちら側のものでもここまで清らかな気配を持つことは出来ない。氏神という名前通り、神格を持つ者はまた別格ということなのだろう。
 だが、不在であるというならその気配にも綻びが生じる。元々が管理の不行き届きにより、他に劣る気配の持ち主ではあったが、「いた」とされる時とその気配には幾分もの差も見られない。
 もっとも、嵐自身の力がそれほどのものではないため、確信は出来ないが。
 しかし、いるかいないかで判断するとなれば、これは「いる」と言っていい。
「いない」
「……いるんじゃねえのかよ」
「いない」
「おい」
 債務者と借金取りの押し問答みたいだな、と考えて嵐はうんざりする。
「そもそもあんたはここの者じゃないだろう。氏神の端くれみたいな力の持ち主の領域でも、余所者がほいほい入れるような場所じゃないと思うんだがな」
「わたしにはどうするべくもないことだ。ここに入ってしまったことはわたしの意志に関係しない」
「誰かがあんたをここに入れたって言うのか」
「可能なら今すぐにでもここを出たい」
 淡々とした口調に焦りは感じられない。だから話を聞く嵐にも現実味を伴って聞こえはしなかった。
 だが、氏神の領域に間借りしている身分は果たして本当に卑しいものばかりなのだろうか。淀む空気、暗い空間、そのどれもあまり良いものとは思えない。

- 144/323 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -