「明良ちゃんが頑張ってくれるなら皆やってくれるかもねえ」
 思いがけず話の矛先が自分に向かった明良は顔をひきつらせて笑う。それを見て気持ちがすっとするのを覚えた嵐は、いくらか気楽になった。いつもの恨みをこんな形で晴らせることになろうとは、タエに感謝せねばならない。
 そう考えた時、ふと、耳の奥に蝉の声と竹のこすれあう音が蘇った。陽炎の走る道、影に満ちた敷地、そこでうずくまる少年──
「……あの」
 あからさまに嫌な顔をする明良を面白がってからかっていたタエは、声をかけた嵐に顔を向けた。
「確かあそこ、変な噂なかったでしたっけ」
 噂、と繰り返してタエはけらけらと笑い出す。思えばよく笑う人だ。風邪で伏せていた反動なのだろうか、元気な姿は見ていて気持ちが暖かくなる。
「あそこはそういうものの宝庫だよ。ありすぎて何が何やら」
「その中の一つで。何でしたっけ、ほら、何か埋めてどうのこうのっていう」
 浮かんでくる単語は雑然としていて、そこから聞いたはずである噂を再構成するのは至難の業であった。記憶を探ろうにもかなり前に聞いたからなのか、ぼんやりと掴み所のない霞の中でもがいているようですわりが悪い。
 タエも同じ感覚を味わっているようで、嵐の言う「何かを埋めて」という言葉をしきりに繰り返しては唸っていた。
 すると、そんな二人の様子を見ていた明良があっけらかんとした口調で言い放つ。
「お前言ってるの、三つ塚の真ん中に紙を埋めて、って話?」
 思いがけない所から出てきた糸口に嵐は顔を上げる。
「わかるか」
「うろ覚えだけど。近所の子供がそんなこと話してて、物騒なこと言ってやがるなとは思った」
「……感想はいいから内容だよ」
「ああ、簡単、簡単。三つ塚の真ん中の近くに、自分が言われた悪口と言った奴の名前を書いた紙を埋めて何かお祈りするんだと。そしたらその悪口が言った奴にとんでもない事になって返ってくるらしいぜ」
「とんでもないことって」
「さあ。知らね」
 明良の話にタエは目を丸くして呆れたような声を出す。
「へええ……最近の子供って恐いねえ」
「な、物騒だろ。オレも気をつけなきゃ」
「驚いた、一応自覚はあるんだな」
 明良の言った内容を吟味しながら、嵐は淡々と言い放つ。それだけの自覚があるのなら今度から厄介事を押し付けないでもらいたいものだが。しかし、嵐の憎まれ口など物ともせず、明良はにやりと笑った。
「言ってろよ。お前だって人のこと言えないじゃねえか」
「自分のこと棚に上げるなよ。その噂っていつ頃聞いた?」
 話の軌道が急にずれた事に面食らいながら、明良は自分の記憶を遡る。そうして思いついたように「今年」と呟いた。
「今年ぃー……の春だったかな。梅雨か。そこらで聞いたけど、実際はもっと前からあったんじゃねえの。子供ってそういう話をあんま大人の前でしたがらねえし」
「恐いんだよ、きっと」
 二人の会話を笑いながら聞いていたタエがぽつりと呟く。思考にふけっていた嵐は顔をあげ、明良がタエを直視したのに気付き、タエはばつが悪そうに手を振って笑った。
「私にも子供の頃、経験あってね。そういうのって子供だけの秘密なんだよ。それが大人にばれたら効き目がなくなるような雲みたいなもんだけどさ、そういうのがあると嫌なことの子供だけの捌け口がちゃんとあるんだ、って気が楽にならないかい? 秘密を共有してる楽しさもあるけどね」
 だから、と言って苦笑する。
「大人にばれるのが恐いんだよ、きっと。ちょっと恐くて危ないけど、自分たちだけの拠り所を無くすみたいでさ」


三章 終り

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