軽く息を吐いて口を開いた。
「俺は頓道嵐っていう。お前の姉さんの友達らしい。らしいっていうのは記憶にないからで、はっきり言ってお前のことも今聞いたばかりだ」
 暗い廊下の反響は思いのほか良かった。良すぎるぐらいである。沈黙をどうにかしようと発した間抜けな自己紹介が、一階にまで聞こえていないといいのだが。
 沈黙を相手に話すのも恥ずかしいものだな、と口許をおさえていると、ドアの向こうから微かに答える声があった。
──聞こえたのか?
 意外にも早い反応に身を乗り出し、聞き返す。すると声は少しだけ強くなった。
「……とみどう?」
 声変わりは終えたのか、やや幼さが残るものの低い声は、恐る恐るといった風に嵐の苗字を繰り返した。
 いや、確認すると言ったほうが正しいだろうか。この声の雰囲気は近所の噂話でよく耳にする類のものだ。
「そうだ。知ってるだろ、化け物屋敷」
 何が悲しくて自宅を化け物屋敷と言わなければならない。ほんの少し憤りながら言うと、ドアの向こうから盛大な溜め息が聞こえた。
「……うん、知ってる。おれも覗きに行ったことあるもん」
「いつ」
「今年の春。裏口から」
「……じゃあ、うちの漬物瓶ひっくり返したのお前かよ」
「ご、ごめんなさい」
 震える声が謝罪を述べる。思いがけず見つかった犯人を前に呆れて物も言えない。ドアの向こうから少年を引きずり出して、祖母に突き出しても同じ態度を示すだろう。今年はうまく漬かる、と豪語した祖母がひっくり返された瓶を見て、怒り狂ったことを言えば今度は泣き出してしまいそうだ。
「いいや、今回はそれが本題じゃないし」
 でも、と言って緊張が弛んだドアを指差す。
「今度、祖母ちゃんに謝れよ。今も恨み言言ってたまらないんだ」
「……」
 恐怖に押し黙ったドアに溜め息をぶつける。
「……別に取って食やしねえよ。げんこつの一つぐらいは覚悟してもらうけど」
「……うん」
 一つ言葉を返して、再び沈黙が降りる。すっかり本題からそれた話は終結を迎えてしまった。ここからいかにして本題を持ち出すべきか。そこまで器用な人間でもないのに、とうなだれてその場にあぐらをかく。すると声が話を切り出した。

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