「この間、その真琴ちゃんのお母さんと久しぶりに会ってね」
「よく覚えてたじゃない。何年前の同級生の親を」
「違うのよ、向こうさんが覚えてて下さったみたいでね。申し訳ない話、私も話すまでは誰だかわからなくって」
 息子を散々糾弾した挙句に自分もわからなかったと言う。悪気なく言うものだから反論する気も失せ、それで、と言葉を促した。
「それで真琴ちゃんに弟さんがいるの知ってる?」
「へえ」
 真琴という人物も知らないのだから弟がいると言われてもいまいちぴんと来ない。適当に言葉を濁しておく。
「今、中学生なんだけどね、何だかいじめにあってるみたいなんですって」
「どうして」
 馴染みのある単語にようやく話に食いつくことが出来た。久しぶりに聞く単語だが、ここ最近ご無沙汰である。ご無沙汰であることにこしたことはないのだが。
 それがね、と母親は小首を傾げた。
「学校にも外にも出たくないって言ってるっていうの。学校はともかく外はちょっとね」
 いじめにしても外出したくないというのは行き過ぎか。嵐は過去を振り返ってみたが、学校が面倒と思っても、それ以外の「外」という世界は不思議に満ちて魅力的なものだった。春でもないのに花をつけた桜、異常に発生して大合唱をかますウシガエル、縦に伸びた細い雲、どれも学校では出会えないものばかりである。
 町並みや背景が時代と共に変わっても、子供というものはそういうものを見つける天才だとは思うのだが。それとも今時の中学生はそれすらも難しく、一度学校が嫌になるとそれをとりまく外まで嫌になるものだろうか。
 ぼんやりと考えていると、母親はにこりと笑って告げた。
「それで、向こうのお母さんが、あんたがいじめられても平気で学校に来てたって言うのを真琴ちゃんから聞いたみたいでね、あんたに弟さんの話を聞いてもらいたいって言うのよ」
「……は?」
 母親はよりいっそう微笑んで続ける。
「いいでしょう? どうせ暇なんだから」
「だから暇って」
「なあに? 夜遅くなるの?」
「いや別に……」
 久々に舞い込んだ調べ物の仕事は、どんなに時間をかけても昼には終わる。いっそのこと料金外の仕事までしてやろうかと脳の回転を早めた時、母親はこれ以上の反論は許さないとばかりに言い放った。
「終わったら向こうに電話してから行きなさいよ。息子を行かせます、って話しちゃったんだから、すっぽかすなんてしないでね」

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