「そうか」
嵐から受け取った切り抜きを見つめ、槇はぼそりと呟く。
「数日前に死体が発見された。死因は鋭利な刃物の刺し傷による失血死……てのが表向き」
切り抜きをひらひらとさせる槇を見る。
「実際はよくわからんそうだ。あえて言うなら大型の獣の爪や牙による裂傷に似ているらしいが」
「……」
沈黙を保ち、槇から視線を外した。
「今の日本にはいないだと」
そう言って切り抜きをポケットに突っ込んだ。入れ代わりに煙草を出しながら苦笑する。
「あいつなのか」
嵐はまだ顔を思い出せない。
思い出してはいけない、という本能的な忌避感と察しをつける。
彼は、人であることをやめてしまったのだ。
「……それ、この近くですか」
煙草をくわえて短くいや、と言う。嵐は小さく息を吐き、槇から煙草を一本もらった。火をつけて浅く吸う。
「……ならいいです」
術がない。
嵐にはあの男に大して怒ることが出来ない。怒れるほどの力が備わっていなかった。
それでも静かな怒りを抱く自由はあるだろう。
それが生きる者の権利ではないだろうか。
「──おい、嵐!」
思案を巡らせていると背後から声をかけられる。明良が手に何かを持って来るところだった。
「先輩まだいたんですか」
来るなり無礼な発言をする後輩を一発叩く。なかなかに決まった一発だったようだ。明良は僅かに顔を歪め、持っていたものを掲げた。
「忘れ物。何でガキのなんか使ってんの」
ややくすんだ青い傘である。嵐は明良を睨み付けた。
「供えとけって言っただろ」
「誰に。親父?」
「そう。それに雨なんか降るような天気かよ」
「いや、わからねえぞ」
「降らないって」
すこんと晴れた空は高い。雲一つなかった。
「……わからねえぞ」
あくまで引くつもりのない明良にもう一発見舞ってやろうかと、煙草をくわえた。
するとそれを止めるためかどうかは定かではないが、槇は嵐に質問を繰り出した。
「供え物?」
槇はにやりとする。
からかうつもりだろうか。
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