音をたてぬようコップをテーブルに置き──そんな行動に意味などないのだが──そろりと足を忍ばせて玄関に向かう。無駄に広い家が疎ましい。
 合わせて広い玄関は、間宮の意気を削いだ。
 ドアノブまでが遠い。
「はい」
 居間には来客の顔を確かめる画面も、応対用の電話もある。
 だがあの男が家にまで来て以来、間宮はそれを使う気になれなかった。
 受話器を取り、男の顔を画面で確認した途端に、捕われてしまうような気がしてならない。
 雨の日の来客は警戒すべき敵だった。
 しかし間宮の震える声に対し、はつらつとした声がドアの向こうから聞こえる。
「あ、こんにちは。さっきお電話した芝橋交番の高仲です」
 全身を捕らえていた緊張が足元から抜けていき、間宮は安堵で震える足にサンダルをつっかけてドアを小さく開けた。
「ああどうも。突然すみません」
 ドアの隙間から見知った顔が覗き、ゆっくりと大きくドアを開いた。雨の匂いと、少し大きくなった雨音が飛び込む。
 レインコートのフードをとり、高仲はまた頭を下げた。
「すみません、本当にいきなりで」
「あ、いえ……」
 体の大きな高仲の向こうに見知らぬ顔が二つある。
 間宮の視線に気付いた高仲は体をずらし、その二人を示す。
「以前相談して頂いた件なんですが、私だけではわからないことが多すぎまして。それで今日、先輩の刑事さんとそのお友達さんに来て頂いたんです」
「……刑事」
「ええ、私よりもあなたの力になれると思います。もしよろしければ、相談して頂いた内容をこのお二方にもう一度話してもらえますか」
「……えと、はい。わかりました。どうぞ」
 わずかに後退し、三人に入るよう示す。サンダルを脱ぎながら、間宮は新顔の二人をちらりと見た。
 くたびれたスーツ姿の男はやはりくたびれた革靴を脱ぎ、間宮ににこりと笑ってみせる。緊張している間宮に対して精一杯のお愛想なのだろうが、窓際族の感が否めない。
 そしてまだ年若いもう一方の男。ファッションに興味がないのか必要最低限の服装であり、地味といえば地味だった。
 しかし間宮は何故か、その男が気になった。
 男自身の雰囲気、或いはその目だろうか。その目はひどく嫌悪に満ちていた。
 不意に、その両眼が間宮に向けられ、思わず肩をすくめる。咄嗟に顔を背けようとしたが、間に入ったスーツの男が自己紹介とばかりに声をかけ、それはかなわなかった。

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