「はい。先輩に常識を正されるとは思わなかったけど、今から行きます、って言ったら大丈夫だそうです」
「ご家族の方が誰か」
「いえ、本人です」
「……今日、平日ですよね」
記憶を辿り、問う。
高仲はああ、と言って苦笑した。
「今日、雨降ってますよね。あの男が来るかもしれないからって、休んでいるそうです」
「随分甘やかされてるな」
憤然とした表情で槇が言った。
「甘いですかね」
嵐は自身の過去を振り返りながらぽつりともらす。
槇は無言で先を促し、前を行く高仲も耳をそばだてていた。
「得体の知れないものが始終どこかにいるって、結構恐いもんですよ」
「お前はどうなんだよ」
「慣れました。あまりにもいすぎて、気にするのも面倒になったんですよ」
「……面倒ねえ」
呆れ顔で槇は頭をかく。その先で高仲は苦笑していた。
うるさくもなく、かといって静かすぎるわけでもない中途半端な静寂は心を落ち着かせた。
だが落ち着いてソファに腰掛け、テレビを見る気にもなれない。
気を抜いたその隙に、あの男がやってくるとも限らないからだ。
やってきて、入ってくるとも限らない。
間宮は冷めた紅茶を一気に飲み干し、暖かい紅茶を入れ直そうと立つ。居間に隣接するキッチンが微かに暗く、思わず立ちすくんだ。
──大丈夫。
あいつは入ってくることはないのだ。決して。
そう自分を奮い立たせ、もう一度足を踏み出そうとした時、高らかにチャイムが鳴り響いた。
心臓が飛び上がる。
まさか、という思いと馬鹿なという重いが駆け巡るが、すぐにそれは砕かれた。
数分前にあのお巡りさんから電話があった。今から行くと言っていたはずだ。時間からすると、彼に間違いないだろう。
間違いない、はずだ。
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