「傘を知らないかって」
「オレぁ知らねえぞ」
「……まあ後でお寺に連れて行きますけど。とりあえず訳わかりません」
「さっきからそれだけだな」
「大体、俺に話もってくること自体間違ってるんですよ。何度も言ってると思いますが、俺に出来るのは避けるだけです」
「でもやるんだろうが」
「必要に迫ってですよ。やらないと俺に寄ってくる。関わらないで済むならそっち選びます」
「わかったわかった」
 うるさそうに顔をしかめ、槇は立ち上がる。
「とにかく何もわからねえんじゃ、どうしようもない。間宮ん家に行く」
「じゃあ、おれ案内しますよ」
 高仲は奥からレインコートを引っ張り出す。
「交番空けていいのか」
 珍しく槇がまともに心配してみせた。
 高仲は制服の上から透明なレインコートを羽織り、帽子を被る。
「もうすぐ巡回行ってる奴が帰って来るんで。……ああ、ほら」
 雨にうたればがら一台の自転車が滑り込む。レインコートについて沢山の水滴をはたき、その警官は交番に入るなり、ぎょっとしたような顔になった。
「……ええと?」
 戻ってみれば大所帯の交番に二の句が次げない。高仲が二、三、説明してようやく状況が飲み込めたようで、人懐っこく笑い「気をつけて」と言うと、交番の奥へ消えた。
「じゃあ行きましょう。傘はあるんですよね」
 扉をからりと滑らせる。
 途端に雨の匂いが中へ滑り込み、いつの間にか冷え込んでいた空気にぞくりとした。
「まだ霧雨ですね。レインコート使いますか」
「あ、平気です」
「しかし、しみったれた降り方だな」
 隣で傘を開きながら槇がぼやく。嵐も開きながら霧雨を見上げた。──風情があって良いと思うが。
 見る人によって受け止め方は変わる。忌々しそうに雨を見やる槇を先導するように歩き出した高仲が、苦笑しつつ振り返った。
「おれも嫌です。巡回の時に異様に濡れるから」
 違いない、と槇は笑う。その後に続きながら、嵐は渦中の男を考えた。
 雨の日に来る男。
 晴れの日ではなく確実に雨の日に、ただ立っているという男。
──寒くないのか。
 いや、既に人外の者かもしれないが。
「頓道!」
 ぼんやりとしていた嵐を少し先を行く槇と高仲が振り返る。
「はいはい、行きますよ」
 溜め息まじりに呟き、小走りで二人に追い付いた。その後ろをすい、と鴉が小馬鹿にするようについていく。
 三人と一羽の影を、霧雨が段々と見えなくしていった。


三章 終り

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