数分も経たぬ内に腕から血を流して戻って来た嵐を、明良は訝しげな顔で見やり、慎は表情を固くした。
さほど深くはなかった傷口を消毒し、ガーゼをあてがい、包帯で巻きつけながら明良は問う。
「ケンカ?」
「……出て早々、んな物騒な事あってたまるか」
心配の一つでもすれば人間性を見直す機会となったのだが、明良は自ら放棄した。ぱしん、と傷を軽く叩き、うめく嵐を尻目にけらけらと笑う。
「だっせぇ。犬にか」
「お前だってやられる」
「オレ、ケンカは強いの」
あながち間違っていない自慢に閉口し、慎を見る。
嵐が傷を抱えて戻って来てから、表情は変わらない、固く、強張っている。
「――慎」
呼ばれ、はっとしてように肩をすくめると気のない言葉で心配してみせる。しかし、心ここにあらずといった感で、表情はぼんやりとしていた。
「何かあるのか?」
慎は苦笑して首を振る。
「ない」
「本当に?」
「ない。早く家に帰った方が良い」
「心配してくれてんならありがたいが、追い払おうとしてんなら心外だ」
まっすぐに、慎は嵐の視線を受けとめた。
そして目を伏せ、僅かに微笑みながら首を振る。
「……そんな事はしない。ただ今は、帰った方が良い」
「寺ん中の方が安全だと思うんだが」
慎は酷く怒りに満ちた言葉で返した。その言葉を発する自分にも、そうせざるを得なくなった事柄に対しても怒っている様だった。
「おれの側の方が危ない」
それ以上の追随を許さぬ口調で、嵐は確かに追求出来ず、二度目の帰路につきながら溜め息をつく。
隠し事を――信用されていなかったのが辛いわけではない。
慎にああ言わしめた自分が、ひどく情けなく感じた。
四章 終り
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