「……じゃあ考えるから内容言ってみろよ」
「なら、来た方が早いから来いよ」
 急に活力を戻した明良の声を聞き、しまったと思うがもう遅い。
 満面の笑みをたたえた明良の顔が浮かぶ。嵐は肩を落とし、電話を切った子機を投げ出したのだった。
「ぶんじさん」というあだ名でその寺は知られていた。本当の名は多聞寺というのだが、後ろ二文字の読み方を変えて「ぶんじさん」と呼び親しまれている。
 住職の年を思わせない元気の良さに人が集まり、その息子である坊主の人懐っこさに女性が群がる。その上仕事はしっかりやるものだから信仰も厚く、檀家の数も多い。
 騙されている、と嵐は常々思う。仕事の正確さと住職の人気は認めるとしても、明良の人気には疑問があった。人に言わせれば美人の部類に入ると言うが――あの笑顔に泣かされた人間の数を上げれば、片手では済むまい。
 かくいう自分も、その泣かされている人間の一人である。本業一本でいきたいと思っている嵐に、次々と自分では手に負えない仕事をふっかけ――しかもあまり得意でない幽霊だの妖怪だのの、「あちら」側が絡む仕事な為、ただ遂行すればいいというものでもない。下手に首を突っ込めば、最後まで付き合わなければならなくなるのだ。それを防ぐ為に、明良から連絡があった場合、特に気が向かなければ必ず断ることにしている。
 している、のだが。
 今となっては押しの弱さを恨むしかない。
 後悔が先に立てば、こんな苦労をする事もないだろう。
 ぐるぐると考えを巡らせていると寺はすぐそこに迫っており、短い階段を上れば、お賽銭箱の前に立つジャージ姿の明良が迎えた。
「やっぱ早いなあ、お前。さすが、さすが」
 満面の笑みを浮かべる明良を睨みつけた。
「いい加減、自分でなんとかしろよ」
「なんとか出来ねから呼んでんだろが」
 さらりと言い返し、脱力している嵐を手招きして寺裏の自宅へ向かう。
「……仮にも坊主なんだから、自分でやれるだろ」
「仕方ないじゃんか。坊主っつってもそれらしい力はねえし。親父は違うけど」
 悲観的になることもなく、けろりとしているところが明良らしい。
 彼の言う通り、父親には霊力めいたものがあったが、明良にはそういったものの片鱗は見えなかった。あちらに働き掛けることも出来なければ――あちらから干渉されることもない。結構楽だ、と笑って言った明良のその性質が、霊的不感症と言う特質であることは後になって知った。
――だからといって、奴が背負い込む仕事を肩代わりする理由にもならないが。
「今度は何だ? 呪いの壺とか人形はいらねえぞ」
「そっちは親父。会ってほしい奴がいるんだけどさあ」
 明良は言葉を濁す。

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