読み途中だった本を読みきる頃には既に閉館時間も間近となっており、怒り心頭の鈴和を背に本を片付け、そそくさと図書館を後にした。
「ばぁか」
「どっちに対してだ」
 前方の木の上で鴉が毛づくろいをしている。
「両方」
「……仕事に関しちゃ怠けすぎたな」
「お前、本当に馬鹿だな」
「あいつに関しちゃ何も言わねえぞ」
「人じゃないのに?」
「幽霊でもないさ」
「どちらでもない奴には関わるな」
「忠告か?」
「誰が。特にお前みたいなこちらとあちらをふらふらしている奴なんか、すぐ引かれる」
「……お優しいことで」
「餌場がなくなったら困る」
「んな呑気な事言って……だから若いんだよお前」
 鴉は首をひねり、黒い瞳で問う。呆れた様に嵐は声をあげた。
「少しぐらい気付けって。あいつの周り――」
「周りが何?」
「……気付かねえならいい」
 歩く速さを早めた嵐の後ろを、鴉が羽ばたいて慌ててついていく。
「なあ、何が?」
 手をひらひらとさせて嵐は鴉を適当にあしらった。答える気が無いと知るや、フワリと上空に舞い上がり、風に乗る。
 嵐はその様子を眺めながら、あの男の顔を思い返していた。
――泣きそうだったな。
 笑っていても話していても、始終その印象がついてまわり、こちらが泣かせている様な心境に陥った。――なぜ、あんなに悲しそうなのか、見当もつかない。
 それに、と思う。
 顔に似合わずのあの雰囲気――というか匂い。
 嵐は眉をひそめる。
――血、か?
 嫌な予感は、図らずも見事的中した。


二章 終り

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