「逆人形」



 黒いランドセルを背負った少年が歩いていく。年の頃、十歳ほどだろうか。大きくもなく小さくもない平均的な身長に、短めの黒髪、そして両眼はせわしなく辺りを見回していた。

 よく見ればその視線の先が自分の前後ではなく、人気のない辻の角や電柱の陰だったりするため、身の安全のために見回しているというわけでもなさそうだ。

 彼は探していた。誰かから預かったものでもなく、なくし物でもなく――ふとした時に現れる奇妙な隣人たちを。

 どうやら彼等は皆に見えないようだと気付いたのは五歳ぐらいの頃である。幼稚園にまで現れた彼等に話し掛けていたらしい自分を、大人や同級の子供まで気味悪そうに見守っていた。その時、ああ見えないのかと漠然と思ったのをよく覚えている。

 えてしてそういった異能を持つ人間はいじめやからかいにあうものだった。少年もご多分にもれず、何かそういう法則めいたものにのっとって、小学校に入学した当初からささやかないじめにあい続けていた。

 上履きを草むらに捨てられたり、机に落書きをされたり、ある時ロッカーを開けたら牛乳が流れ出た時にはさすがに怒らざるをえなかった。言われない敵意の矛先が自分に向かうことに我慢の限界を感じたのだろう。「死んじゃえ」と言った。

 そして後日、死には至らなかったものの、いじめの首謀者にあたる生徒が事故にあい、半年の入院を余儀なくされたのだ。

 こうして少年の身の安全も恐怖神話も確立され、彼は完全に孤立したのである。

 ところが元々がそういう気質だったのか、彼は孤立に恐怖を抱くことはなかった。むしろそれを良いことに、今まで以上に奇妙な隣人たちとの交流を深めたのである。

 怖くない。

 彼等は決して、僕をいじめたりしない。

 自信がある。少年にしか見えぬ彼等はそのことを喜んでいるようで、いつも手招きをして待っていた。

「…あ」

 学校からも自宅からも程遠い雑木林の中、それらはいた。

『よう。遅かったなあ』

 額から乳白色の角を生やし、黄土色の着物に身を包んだ小鬼がぎょろりとした目をこちらに向ける。

『はよう来い。嵐』

 嵐は嬉しくなり、少し広いその一角に駆け寄った。冬も間近な雑木林の地面はふわりと落ち葉で覆われ、歩くたびにかさかさと心地よい音を奏でる。その音も嵐の心を弾ませた。

「少ないね」


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